第三章 所有権
第60回で物権の中の占有権は毛色の違う権利と言いました。ここで、物権をその内容からもう一度分類してみます。
そして、今回はそのうちの所有権の意義や限界について解説します。
物権は、まず、占有という事実状態のみを根拠に認められる占有権と、事実状態とは無関係に、物の支配の権限を根拠に認められる本権とに分けられるのでしたね。
次に本権は、物の全面的支配を内容とする所有権と、部分的支配のみしかできない制限物権に分けることができます。
制限物権はさらに、支配する権能に着目して、物の使用収益権能を支配する用益物権(地上権、永小作権など)と、交換価値を支配する担保物権(質権、抵当権など)に分けることができます。
Ⅰ.所有権の意義
所有権は、その物の使用・収益・処分という支配権能のすべてを有する全面的支配権です。ですから、物に対する支配という点では、制限物権は所有権が持ついろいろな権能の一部だけが抽出されてできたものと言えます。そこで、制限物権のある物を取得すると所有権が発生し、今までの制限物権は消滅します。
また、物の全面支配には時間的限界がないので、所有権は消滅時効にかかることはありません。これも大事な性質です。消滅時効について曖昧な方は第54回を復習してください。
ここで物権の最初(第55回)でお話しした物権的請求権について所有権を例に丁寧に解説したいと思います。物権的請求権は所有権に対する妨害の在り方によって、返還請求権、妨害排除請求権、妨害予防請求権に分類されるのでしたね。
返還請求権は、所有者以外の者が目的物を占有している場合に、その物の返還を請求する権利です。他人が現に目的物を占有している場合に行使される権利で、請求先は現に本人の占有を妨げている人です。
所有権の行使が占有剥奪以外の方法で妨害されている場合に、その妨害の排除を請求する権利が妨害排除請求権です。所有者に目的物の占有はあるのにそれが妨げられているわけですから、妨害排除請求権の相手方は当然妨害している人になります。
また、判例では、土地所有者が地上建物の収去土地明渡請求という形で妨害排除を求める場合には、地上建物が譲渡されていても譲渡の登記が行われていなければ、名義人である譲渡人が請求の相手方になるとしています。
妨害予防請求権は、将来、所有権の行使が妨害されるおそれがある場合に、その妨害の予防を請求できる権利です。現在は妨害が生じているわけではありませんが、将来の妨害の蓋然性(がいぜんせい:ある事柄が起こり得る確実性)から、妨害を未然に防ぐ権利です。
Ⅱ.所有権も絶対の権利でない
物の絶対支配権である所有権も、相隣関係や用益物権・担保物権の設定などによって一定の範囲で制限を受けます。
相隣関係とは、隣接する土地所有者相互の関係を調整する民法で定めた規定のことです。所有権というと、皆さんがまず思い浮かべる物に不動産があると思いますが、その不動産のうちの土地は、固定され互いが隣接し合うものです。所有権が物に対する絶対的支配権である以上、隣接する土地どうしの土地所有権を主張し合うと、その行使の際に互いの土地に何らかの影響を及ぼすことがあり、何らかの調整が必要となります。そのような場合に、隣接した土地所有者どうしで相手の土地を通行する関係や、相手の土地を利用する関係などを調整する規定が相隣関係なのです。
1)公道に至るための他の土地の通行権~その1~
他の土地に囲まれて公道(誰でも通れる道路のことです)と、まったく面していない土地を袋地と言いますが、このような袋地などの所有者が、公道に出るために隣地(囲繞地:いにょうち)を通行できる権利を囲繞地通行権と言います。囲繞地通行権者は、所有の袋地などを利用するのに通路などを開設することも可能ですが、囲繞地にとって最も損害の少ない場所や方法で通行しなければなりません。
また、通行地の損害に対しては、償金を支払う義務を負います。支払いは、通路開設時の損害は一括して支払わなければなりませんが、その他の損害は1年ごとに支払います。
2)公道に至るための他の土地の通行権~その2~
分割・一部譲渡によって袋地となった場合には、囲繞地通行権の例外規定が設けられています。通行権者は他の分割者または譲受人の所有地のみを通行することができます。これは、囲繞地通行権は、囲繞地所有者から見れば土地所有に付随する負担を強いられることになるので、袋地になることを承知の上で袋地が作り出された場合には迷惑を我慢する必要はないという理論です。
この場合の償金は、分割時に処理されていると見なされ、袋地所有者は、改めて償金を支払う必要はありません。
3)隣地の竹木
隣接地の竹木の枝が境界線を越えるときは、所有者に切ってもらうことができます。また、竹木の根が境界線を越えて伸びてきたときは、自分で切ることができます。
4)建物を建てる場合
民法では、建物を築造するときには、境界線より50㎝以上離して建てなくてはならないとされています。しかし、建築基準法では一定の建築物を境界線に隣接して建てることを認めています。この2つの規定の矛盾は、どう考えればいいのでしょうか?
このことについて、判例では、建築基準法は民法の特則であり、建築基準法の要件が満たされる建築物に関しては、民法の規定が排除されるとしています。これは、都市部の合理的な土地利用を重視したものと思われます。
第一節 所有権の限界
第一款 所有権の内容及び範囲
(所有権の内容)
第二百六条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
(土地所有権の範囲)
第二百七条 土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。
第二百八条 削除
第二款 相隣関係
(隣地の使用請求)
第二百九条 土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。
2 前項の場合において、隣人が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。
(公道に至るための他の土地の通行権)
第二百十条 他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる。
2 池沼、河川、水路若しくは海を通らなければ公道に至ることができないとき、又は崖があって土地と公道とに著しい高低差があるときも、前項と同様とする。
第二百十一条 前条の場合には、通行の場所及び方法は、同条の規定による通行権を有する者のために必要であり、かつ、他の土地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
2 前条の規定による通行権を有する者は、必要があるときは、通路を開設することができる。
第二百十二条 第二百十条の規定による通行権を有する者は、その通行する他の土地の損害に対して償金を支払わなければならない。ただし、通路の開設のために生じた損害に対するものを除き、一年ごとにその償金を支払うことができる。
第二百十三条 分割によって公道に通じない土地が生じたときは、その土地の所有者は、公道に至るため、他の分割者の所有地のみを通行することができる。この場合においては、償金を支払うことを要しない。
2 前項の規定は、土地の所有者がその土地の一部を譲り渡した場合について準用する。
(自然水流に対する妨害の禁止)
第二百十四条 土地の所有者は、隣地から水が自然に流れて来るのを妨げてはならない。
(水流の障害の除去)
第二百十五条 水流が天災その他避けることのできない事変により低地において閉塞したときは、高地の所有者は、自己の費用で、水流の障害を除去するため必要な工事をすることができる。
(水流に関する工作物の修繕等)
第二百十六条 他の土地に貯水、排水又は引水のために設けられた工作物の破壊又は閉塞により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合には、その土地の所有者は、当該他の土地の所有者に、工作物の修繕若しくは障害の除去をさせ、又は必要があるときは予防工事をさせることができる。
(費用の負担についての慣習)
第二百十七条 前二条の場合において、費用の負担について別段の慣習があるときは、その慣習に従う。
(雨水を隣地に注ぐ工作物の設置の禁止)
第二百十八条 土地の所有者は、直接に雨水を隣地に注ぐ構造の屋根その他の工作物を設けてはならない。
(水流の変更)
第二百十九条 溝、堀その他の水流地の所有者は、対岸の土地が他人の所有に属するときは、その水路又は幅員を変更してはならない。
2 両岸の土地が水流地の所有者に属するときは、その所有者は、水路及び幅員を変更することができる。ただし、水流が隣地と交わる地点において、自然の水路に戻さなければならない。
3 前二項の規定と異なる慣習があるときは、その慣習に従う。
(排水のための低地の通水)
第二百二十条 高地の所有者は、その高地が浸水した場合にこれを乾かすため、又は自家用若しくは農工業用の余水を排出するため、公の水流又は下水道に至るまで、低地に水を通過させることができる。この場合においては、低地のために損害が最も少ない場所及び方法を選ばなければならない。
(通水用工作物の使用)
第二百二十一条 土地の所有者は、その所有地の水を通過させるため、高地又は低地の所有者が設けた工作物を使用することができる。
2 前項の場合には、他人の工作物を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて、工作物の設置及び保存の費用を分担しなければならない。
(堰の設置及び使用)
第二百二十二条 水流地の所有者は、堰を設ける必要がある場合には、対岸の土地が他人の所有に属するときであっても、その堰を対岸に付着させて設けることができる。ただし、これによって生じた損害に対して償金を支払わなければならない。
2 対岸の土地の所有者は、水流地の一部がその所有に属するときは、前項の堰を使用することができる。
3 前条第二項の規定は、前項の場合について準用する。
(境界標の設置)
第二百二十三条 土地の所有者は、隣地の所有者と共同の費用で、境界標を設けることができる。
(境界標の設置及び保存の費用)
第二百二十四条 境界標の設置及び保存の費用は、相隣者が等しい割合で負担する。ただし、測量の費用は、その土地の広狭に応じて分担する。
(囲障の設置)
第二百二十五条 二棟の建物がその所有者を異にし、かつ、その間に空地があるときは、各所有者は、他の所有者と共同の費用で、その境界に囲障を設けることができる。
2 当事者間に協議が調わないときは、前項の囲障は、板塀又は竹垣その他これらに類する材料のものであって、かつ、高さ二メートルのものでなければならない。
(囲障の設置及び保存の費用)
第二百二十六条 前条の囲障の設置及び保存の費用は、相隣者が等しい割合で負担する。
(相隣者の一人による囲障の設置)
第二百二十七条 相隣者の一人は、第二百二十五条第二項に規定する材料より良好なものを用い、又は同項に規定する高さを増して囲障を設けることができる。ただし、これによって生ずる費用の増加額を負担しなければならない。
(囲障の設置等に関する慣習)
第二百二十八条 前三条の規定と異なる慣習があるときは、その慣習に従う。
(境界標等の共有の推定)
第二百二十九条 境界線上に設けた境界標、囲障、障壁、溝及び堀は、相隣者の共有に属するものと推定する。
第二百三十条 一棟の建物の一部を構成する境界線上の障壁については、前条の規定は、適用しない。
2 高さの異なる二棟の隣接する建物を隔てる障壁の高さが、低い建物の高さを超えるときは、その障壁のうち低い建物を超える部分についても、前項と同様とする。ただし、防火障壁については、この限りでない。
(共有の障壁の高さを増す工事)
第二百三十一条 相隣者の一人は、共有の障壁の高さを増すことができる。ただし、その障壁がその工事に耐えないときは、自己の費用で、必要な工作を加え、又はその障壁を改築しなければならない。
2 前項の規定により障壁の高さを増したときは、その高さを増した部分は、その工事をした者の単独の所有に属する。
第二百三十二条 前条の場合において、隣人が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。
(竹木の枝の切除及び根の切取り)
第二百三十三条 隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
2 隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。
(境界線付近の建築の制限)
第二百三十四条 建物を築造するには、境界線から五十センチメートル以上の距離を保たなければならない。
2 前項の規定に違反して建築をしようとする者があるときは、隣地の所有者は、その建築を中止させ、又は変更させることができる。ただし、建築に着手した時から一年を経過し、又はその建物が完成した後は、損害賠償の請求のみをすることができる。
第二百三十五条 境界線から一メートル未満の距離において他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側(ベランダを含む。次項において同じ。)を設ける者は、目隠しを付けなければならない。
2 前項の距離は、窓又は縁側の最も隣地に近い点から垂直線によって境界線に至るまでを測定して算出する。
(境界線付近の建築に関する慣習)
第二百三十六条 前二条の規定と異なる慣習があるときは、その慣習に従う。
(境界線付近の掘削の制限)
第二百三十七条 井戸、用水だめ、下水だめ又は肥料だめを掘るには境界線から二メートル以上、池、穴蔵又はし尿だめを掘るには境界線から一メートル以上の距離を保たなければならない。
2 導水管を埋め、又は溝若しくは堀を掘るには、境界線からその深さの二分の一以上の距離を保たなければならない。ただし、一メートルを超えることを要しない。
(境界線付近の掘削に関する注意義務)
第二百三十八条 境界線の付近において前条の工事をするときは、土砂の崩壊又は水若しくは汚液の漏出を防ぐため必要な注意をしなければならない。
第二節 所有権の取得
物を絶対的に支配する所有権の取得には、どんな方法があるのでしょうか? また、1個の物の上には1つの所有権しか付けられないのでしょうか?
今回は、そんな視点で所有権を解説してみたいと思います。
Ⅰ.所有権の取得原因
所有権の取得原因は大きく分けて
①承継取得、
②原始取得――に分けることができます。
①の承継取得とは、前の所有者の権利を前提として所有権を取得するもので、さらに、売買のように特定の目的物を承継する特定承継と、相続のように目的物を特定しない包括承継に分かれます。
②の原始取得とは、前の所有権とは無関係に所有権を取得するもので、さらに、
①時効取得
②即時取得
③無主物先占
④遺失物拾得
⑤埋蔵物発見
⑥添付――に分けることができます。
無主物先占とは、所有者の存在していない動産の取得を、遺失物拾得とは、遺失物の広告をしてから3カ月以内に所有者が現れなかった場合に拾得者が所有権の取得を、埋蔵物発見とは、埋蔵物の広告をしてから6カ月以内に所有者が現れなかった場合に発見者が所有権の取得をするものです。ただし、埋蔵物拾得は、他人の所有地での発見の場合は、発見者と土地の所有者の共有となります。
また、添付とは所有者の異なる2個以上の物が何らかの形で結合・混合し、それらを分離したり、元の形に戻すことができなかったり、とても困難な場合に、分離や復旧を認めないことを言います。分離や復旧を認めない理由は、当事者や社会経済上の見地から不利益と考えられるからです。
添付の場合は、所有権は原則として主たる物の所有者が所得し、所有権を失った者は取得者に対する利得償還請求権を取得することになります。
また、添付により物の所有権が消滅すると、原則としてのその物の上に付いていた他の権利も消滅します。
添付には、
①不動産の附合
②動産の附合
③混和
④加工――の4種類があります。
①の不動産の附合とは、不動産と動産が結合して分離・復旧が社会経済的に困難な場合を指します。不動産の附合はさらに、動産が独立性を失い、不動産の構成部分になってしまう強い附合と、動産が独立性をなお保持している弱い附合に分かれます。
不動産の附合は通常不動産所有者が、動産の所有権も取得しますが、弱い附合の場合に、権限による動産所有者の所有権留保が認められています。
②の動産の附合とは、所有者を異にする数個の動産が結合した場合です。この場合は主たる動産の所有権者が新所有権者となり、主従の区別がつかないときは、価格の割合で共有(後述)となります。
③の混和とは、物が混じり合って識別できない場合を言います。効果は動産の附合と同様です。
④の加工とは、他人の動産に加工して新たな物を作ることです。原料動産の所有者が加工物の所有権を取得しますが、加工により価値が著しく増したときは加工者が新たな所有権を取得します。
Ⅱ.物は共同で所有することができる
私たちが実際に生活をしている場合には、共同で物を所有する場合が少なくありません。
こうした共有の形態は、民法上では
①共有
②合有
③総有――に分けられています。
1)共有
共有とは、複数人がそれぞれ共同所有の割合としての持分を持って1つの物を所有することです。共有の場合は、自分の持分の譲渡は自由にできますし、分割請求もいつでもできます。共有の場合に、共有者の1人が持分権を放棄したり、相続人がいない共有者が死亡したときは、他の共有者の持分が増えます。このことを共有の弾力性と言います。
各共有者は自己の持分についての処分などは自由なのですが、物全体についての行為には他の共有者との調整が必要です。
例えば、家屋の修繕などの保存行為は独断ででも行えますが、共有物の賃貸等の利用行為や、共有地の地ならし工事などのような改良行為は持分価格の過半数で決定します。また、共有物の売却や抵当権の設定などの共有物の変更は全員の同意が必要です。
共有物全体の妨害排除請求や返還請求は保存行為として捉え単独でできるとされていますが、対外的な共有関係の主張や共有物全体の時効中断措置などは、共有者全員で行う必要があると解釈されています。
共有者は、いつでも共有物の分割請求ができると先ほど述べましたが、共有者間で5年を限度として不分割特約を締結することは可能です。
分割の方法は、協議で決まらないときは裁判による分割となります。また、原則として現物分割ですが、これが不可能なときや価値が非常に下がってしまう場合には、競売して代金を分けることになります。
2)合有、総有
合有は、各共有者が持分を潜在的には有しているのですが、持分譲渡の自由や目的物の分割請求が否定されている共同所有形態です。
例を挙げると、組合などの財産に対する組合員の共同所有などがこれに該当します。
総有は、各共同所有者の持分が、潜在的にさえ存在しておらず、持分処分や分割請求は問題にさえならない共同所有形態です。
例を挙げると、入会権(後に解説)や権利なき社団の所有関係が該当します。
3)建物区分所有
最近、増えてきている共有の形に、分譲マンションなど1つの建物を複数人で個々に所有する場合があります。この関係は区分所有法が規定しています。
区分所有法は1つの建物を専有部分と共用部分に分け、専有部分に成立する所有権を区分所有権、共有部分は所有者全員の共有とすることで、集合住宅の法的規制を図っています。