商法
(明治三十二年三月九日法律第四十八号)
最終改正:平成二六年六月二七日法律第九一号
商法別冊ノ通之ヲ定ム
此法律施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
明治二十三年法律第三十二号商法ハ第三編ヲ除ク外此法律施行ノ日ヨリ之ヲ廃止ス
(別冊)
商法・会社法って何?
さて、行政書士試験のための勉強もいよいよ商法・会社法に入りました。
商法や会社法は、いわば商売のプロに適用される法律です。企業間の取引では、民法で想定されている個人的な取引とは異なり、定型的な仕事が継続的に反復して大量に行われます。そこで、商取引の特性に応じて合理的な取扱いを定めたルールが商法や会社法です。言い換えれば、商法や会社法は、民法の特別法として、商売を行っていくうえでのルールです。
実は、商法、会社法はともに、平成18年に大改正されました。また、行政書士の業務としても会社設立などの場面で重要な地位を占めます。
Ⅰ.民法との関係
まず、皆さんが今まで学習してきた民法と商法の関係をお話しします。
法律は大きく分けて公法と私法に分けることができるのは、皆さんご承知のとおりです。そして、私法の原則となっているのが民法です。私人と私人との関係では、原則として民法が適用され、民法によって規律されています。
例えば、知人から、いらなくなった車を譲り受ける場合は、民法のルールが働いています。
しかし、友人から譲り受ける場合ではなく、ディーラーから買う場合はどうでしょう?
友人との取引は、利益を上げることが第一目的ではありませんでした。これに対して、ディーラーは、利益を上げることを目的として、取引は反復的・日常的に行われ、取引される数も大量です。
ですから、友人となら契約を書面でなく口約束で、支払いもある時払いでも、お互いが承知していればOKですが、ディーラーとはそうはいきませんから、取引の事情は明らかに異なりますね!
つまり、一般の人の取引を想定した民法では、企業取引の場面では不都合が生じることになります。そこで、企業取引をうまく処理できるように決められたのが、商法や会社法です。企業を巡る関係については、民法でなく、商法や会社法が優先して適用されます。商法や会社法は、民法の規定を修正したり追加したりして作られています。したがって、企業を巡る関係では、まず、商法や会社法を適用します。そして、商法や会社法に規定がない事項については、民法が適用されます。
民法のような原則規定を一般法、商法や会社法のようにある特定の領域や対象について優先して適用される法律を特別法と言い、特別法は一般法に優先します。
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Ⅱ.商法と会社法の関係
次に、商法と会社法の関係を見てみましょう。先ほどの続きを言えば、会社法は商法の特別法に当たります。したがって、会社を巡る関係では、会社法に規定のある事項については、まず会社法を適用し、会社法に規定がない場合に商法を適用し、商法にも規定がない場合は民法を適用します。
商法と会社法の一番の違いは、法律行為の当事者が会社法では会社なのに、商法は会社に限らないという点です。
Ⅲ.学習のポイント
2006年に、商法、会社法は大改正され、2006年から始まった行政書士試験の新試験制度では、商法・会社法の出題が倍増しました。しかも、会社法からの出題が8割です。
商法の出題ポイントは、①総則と②商行為です。
総則では、商人、商業登記、商号、商業使用人を、商行為では、商行為概念を中心に勉強します。ここでは、民法との違いが大きなポイントと言えますので、違いを意識しながら勉強しましょう。
続いて、会社法です。
皆さんがこれから新しいビジネスを始めることを想像してみてください。もちろん個人ですることも可能ですが、個人で行うには様々な限界やハンデがありますね。すると、会社という形態が必要になってきます。
例えば、儲かるかもしれないけれどリスクも高い事業を1人で行おうと思えば、失敗した場合にそのリスクは1人で被ることになりますが、出資者を多数募れば、リスクの分散ができます。
そこで、旧商法の会社の部分を核に、全面改正、制定・施行したのが会社法です。商法から切り離されて、分かりやすくなったとはいえ、1000条近い条文がある法律です。そこで、的を絞って無駄のない学習が必要です。
ボリュームのある会社法の中の中心は、何と言っても株式会社です。行政書士試験でも、株式会社の設立・機関等に関する知識は毎年出題されていますから、最優先して覚えましょう。
この際、皆さんが自分で起業することを仮定して、勉強していってください。自分が会社を作るとしたら、まず、最初にしなければならないことは何か…。どのような手続きが必要で、どのような部署を作るのか(機関設計)…と、イメージしながら一つひとつを覚えていってください。
もう一つは、事業がうまくいかなかった場合も想像してみましょう。つまり、会社の解散・清算も学習のポイントです。
つまり、会社を作ることから、会社がなくなるまでをおさえることが必要と言えます。
商行為と商人の意味
前回、商売については、民法の特別法である商法が適用される――とお話ししましたが、もっと、法的に言った場合にどのような場合に商法が適用されるかは、商人という概念と商行為という概念によって決められると言えます。
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まず、民法と商法ではどのくらい違いがあるのかをお話しします。
例えば、消滅時効を例にとると、商法上の消滅時効期間は5年で資金を借りた場合の法定利息は6%です。一方、民法上では、消滅時効期間は10年で、法定利息は5%です。
したがって、契約をする人にとって、商法、民法どちらを採用するかで、利益は大きく異なります。契約金額が大きくなればなるほど影響は大きくなるのです。そして、契約当事者の一方にとって商行為なら、契約当事者双方に商法が適用されることになっていますから、商行為の概念をしっかり知っておくことは大切ですね。
なお、当事者双方にとって商行為である行為を双方的商行為、一方にとってだけ商行為である行為を一方的商行為と言います。
ここから、今日の本題に入ります。
商行為と商人の概念には、次の2つの解釈が存在します。
①商事法主義
②商人法主義
①の商事法主義とは、商行為とは何かを明確にして、商行為を行った人を商人とする考え方で、②の商人法主義とは、商人とは何かを明確にしてから、商人の行った行為を商行為とする考え方です。そして、日本の商法の考え方は、商事法主義と原則として、足りない部分では商人法主義を採るという折衷主義が採用されています。
商行為は、その行為の性質や態様に注目して
①絶対的商行為
②営業的商行為
③附属的商行為――に分けることができます。
①の絶対的商行為とは、行為自体の客観的性質によって商行為とされる行為のことです。
例えば、
a高く売るために安く買う行為や、そのようにして購入した物や有価証券を売る行為(1号)
bまず高く売っておいて、後に安く買い入れる行為(2号)
c証券取引所・商品取引所で行われる有価証券・商品の取引(3号)
d手形の振出し・裏書・引受け・保証等の証券上の行為(4号)
――で、商人でない人の1回限りの行為であっても、商行為として商法の適用を受けることになります。
②の営業的商行為とは、営業として反復継続して行うことによって初めて商行為となる行為のことです。絶対的商行為のように行為そのものの性質上当然に商行為とされるものではありません。営業的商行為として下表の13の行為が定められています。
商法では、①②合わせて17の商行為を基本的商行為と規定しました。ここまでが、商事法主義による考え方です。
③の附属的商行為とは、商人がその営業のためにする補助的行為のことです。ここからは商人法主義の考え方です。
商人が、基本的商行為を始めるためにする準備行為(開業準備行為)も商人の附属的商行為の最初となります。また、直接、営業のためにする行為でなくでも、営業に関連して営業の維持便宜を図るためにする行為も含みます。
例えば、運送業者がトラックを購入する行為は、運送取引でないので直接の営業行為ではありませんが、附属的商行為として商法が適用されます。つまり、商人の行為は常に営業のために行うとは限りませんが、商人が行う行為は、その営業のためにするものと推定されるのです。
次に、商人の概念を解説します。
自分が名義人となって商行為をすることを業としている人を、本来の商人という意味で固有の商人と呼びます。ここでいう商行為は基本的商行為のことです。業とするとは、営利目的で計画的・反復的・継続的に行うことを意味します。行為自体は1回しかしていなくても、計画的にしたと見なされれば商行為に当たります。つまり、固有の商人とは、自己が名義人となって基本的商行為を営利目的のもとで反復継続する者と言えます。ここまでは、商事法主義の範疇です。
これから先は商人法主義です。まず、擬制商人についてお話しします。
擬制商人は、17個の基本的商行為を行うことを目的としていませんが、経営方式や企業の形態から商人と見なされる者のことで、
①店舗営業者
②鉱業営業者――の2つの種類があります。
①の店舗営業者は設備商人とも呼ばれ、店舗で販売する物は、農業・林業・漁業などで得た物ですが、いわゆる行商は含みません。
例えば、農業生産者が自作の野菜を持ち歩いて売るときは商人とはなりませんが、農道沿いに店舗を設けて販売するときは、擬制商人となることが注意点です。
②の鉱業営業者については、基本的商行為の17個に原始生産者が入っていないけれど、鉱物を掘る場合は、通常大規模設備を伴うからです。
商行為と商人の定義が分かったところで、次の図を見てください。
Aさん、Bさん、Cさんの間の取引は、基本的商行為ですから、この3者の間では商法が適用になるところまでは理解できますね。では、この場合にBさんがAさんから商品を仕入れるに当たって資金が不足したので、Dさんからお金を借りたとします。Dさんが銀行でない場合はこの両者の取引は基本的商行為に当たらないため民法の消費貸借契約に当たるように思えます。
しかし、AさんBさんCさんの間の商行為には商法が適用されているのに、BさんとDさんの消費貸借契約には民法が適用されるのでは、バランスを失うことになってしまいます。
そこで、投機売買を行うことによって商人であるBさんが、その営業のために行った行為は附属的商行為として、商法が適用されます。つまり、BさんDさん間にも商法が適用されるのです。まず商人ありきです。
この例で、日本の商法の考え方は、まず、基本的商行為を規定し、それを業としている者を商人とする商事法主義と原則として、足りない部分では商人法主義を採るという折衷主義を採用していることが理解していただけましたでしょうか?
ここでもう一つ、いつの時点で商人と判断されるのかについてお話しします。法的に言うと、商人資格の取得時期のお話です。
まず、会社の場合は簡単です。法人格を取得した時点、つまり、会社の設立登記が済んだ時点が商人資格の取得時期です。
では、自然人の場合はどうなるのでしょう?
商人とは自分が名義人となって商行為をすることを業とする人のことですから、基本的商行為を開始した時点で商人資格を取得すると考えられますね!
しかし、基本的商行為を準備する開業準備行為も附属的商行為として成り立つわけですから、開業準備行為の開始をもって商人資格の取得というべきなのです。
ここまでは、何ら問題ないのですが、何を開業準備行為と見るかについては争いがありました。現在では、下記の判例が基準となっています。
Xさんが、映画館開業の準備資金とする旨を告げて、Yさんから金銭を借りたという事案です。
開業準備行為が商行為となるには、それが客観的に見て開業準備行為と認められ得るものであることを要し、単に金銭を借り入れるような行為は、特段の事情がない限り、これを商行為とすることはできない。ただし、営業を開始する目的を持ってする単なる金銭の借り入れも、取引の相手方がその事情を知っている場合には、これを附属的商行為と認めるのが相当である。
つまり、単なる借り入れは開業準備行為に当たらないが、相手方が開業準備のためと知っていれば例外として開業準備行為に当たる、ということです。したがって、この判例の場合、Yさんが知っていたわけですから、商法が適用されました。
第一編 総則
第一章 通則(第一条―第三条)
第二章 商人(第四条―第七条)
第三章 商業登記(第八条―第十条)
第四章 商号(第十一条―第十八条の二)
第五章 商業帳簿(第十九条)
第六章 商業使用人(第二十条―第二十六条)
第七章 代理商(第二十七条―第三十一条)
第八章 雑則(第三十二条―第五百条)
第二編 商行為
第一章 総則(第五百一条―第五百二十三条)
第二章 売買(第五百二十四条―第五百二十八条)
第三章 交互計算(第五百二十九条―第五百三十四条)
第四章 匿名組合(第五百三十五条―第五百四十二条)
第五章 仲立営業(第五百四十三条―第五百五十条)
第六章 問屋営業(第五百五十一条―第五百五十八条)
第七章 運送取扱営業(第五百五十九条―第五百六十八条)
第八章 運送営業
第一節 総則(第五百六十九条)
第二節 物品運送(第五百七十条―第五百八十九条)
第三節 旅客運送(第五百九十条―第五百九十二条)
第九章 寄託
第一節 総則(第五百九十三条―第五百九十六条)
第二節 倉庫営業(第五百九十七条―第六百八十三条)
第三編 海商
第一章 船舶及ビ船舶所有者(第六百八十四条―第七百四条)
第二章 船長(第七百五条―第七百三十六条)
第三章 運送
第一節 物品運送
第一款 総則(第七百三十七条―第七百六十六条)
第二款 船荷証券(第七百六十七条―第七百七十六条)
第二節 旅客運送(第七百七十七条―第七百八十七条)
第四章 海損(第七百八十八条―第七百九十九条)
第五章 海難救助(第八百条―第八百十四条)
第六章 保険(第八百十五条―第八百四十一条ノ二)
第七章 船舶債権者(第八百四十二条―第八百五十一条)
第一編 総則
第一章 通則
(趣旨等)
第一条 商人の営業、商行為その他商事については、他の法律に特別の定めがあるものを除くほか、この法律の定めるところによる。
2 商事に関し、この法律に定めがない事項については商慣習に従い、商慣習がないときは、民法 (明治二十九年法律第八十九号)の定めるところによる。
(公法人の商行為)
第二条 公法人が行う商行為については、法令に別段の定めがある場合を除き、この法律の定めるところによる。
(一方的商行為)
第三条 当事者の一方のために商行為となる行為については、この法律をその双方に適用する。
2 当事者の一方が二人以上ある場合において、その一人のために商行為となる行為については、この法律をその全員に適用する。
第二章 商人
(定義)
第四条 この法律において「商人」とは、自己の名をもって商行為をすることを業とする者をいう。
2 店舗その他これに類似する設備によって物品を販売することを業とする者又は鉱業を営む者は、商行為を行うことを業としない者であっても、これを商人とみなす。
(未成年者登記)
第五条 未成年者が前条の営業を行うときは、その登記をしなければならない。
(後見人登記)
第六条 後見人が被後見人のために第四条の営業を行うときは、その登記をしなければならない。
2 後見人の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。
(小商人)
第七条 第五条、前条、次章、第十一条第二項、第十五条第二項、第十七条第二項前段、第五章及び第二十二条の規定は、小商人(商人のうち、法務省令で定めるその営業のために使用する財産の価額が法務省令で定める金額を超えないものをいう。)については、適用しない。
第三章 商業登記
商業登記と商号
前回の講義で、商人資格の取得の時期について会社は設立登記の時点とお話ししましたが、今回は、その登記について、詳しく見ていくこととします。本日のメニューは、①商業登記、②商号、③名板貸人の責任――です。
Ⅰ.商業登記
商業登記とは、商法、会社法その他の法律の規定により商業登記簿に登記することです。商人の取引活動は大量で反復的に行われ、利害関係を有する第三者も多数です。その取引をするたびに相手方の調査をしたり、自社のことを知らせたりするのでは、迅速性や安全性に問題があると言えます。
そこで、商人に関する取引上重要な一定の事項を公示することによって、取引の相手方を保護するとともに商人自身の社会的信用を維持するために設けられた制度が商業登記です。
登記手続きは、原則として当事者の申請で行われる当事者申請主義です。申請がなされると、登記官は申請事項を審査し、問題がなければ登記が認められます。もっとも、登記官には、形式的審査権つまり申請書類に不備がないかを確かめる権限しかないので、登記事項と真実が異なる場合もあり得ます。
登記の効力には、
①一般的効力
②不実登記の効力――とがあり、①の一般的効力はさらに
a消極的公示力
b積極的公示力――とに分けられます。
aの消極的公示力とは、登記すべき事実が発生しているにも関わらず未登記だった場合、登記申請者は第三者に対して、登記事項の存在を対抗することができないことです。
例として次の図を見てください。
代表取締役の氏名は登記事項ですから、X氏を代表取締役から解任した場合、解任登記をしなければなりません。この場合、X氏は代表取締役から解任されたという事実が登記事項です。7月1日にB氏がX氏と交わした売買契約を元にA株式会社に代金請求してきた場合、A株式会社はX氏解任の事実を知らない善意(そのことを知らなかった)のB氏に代金を支払わなければなりません。もし、B氏が解任の事実を知っていたなら、「Xは代表取締役から解任されたのだから、XB間の取引はA株式会社に帰属していないので、代金を支払い必要はない」と主張ができ、B氏はA株式会社に代金請求できません。
次にbの積極的公示力とは、登記申請者が登記すべき事項を登記した後に利害関係を持った第三者は、悪意(そのことを知っていた)と見なされることです。ただし、正当な事由で登記簿を閲覧できないときは悪意とは見なされません。上記の図の時系列を変更しててみます。
7月1日にB氏がA株式会社に代金請求してきた場合、B氏は悪意と見なされます。したがって、「Xは代表取締役から解任されたのだから、XB間の取引はA株式会社に帰属していないので、代金を支払い必要はない」というA株式会社の主張が認められ、B氏の代金支払い請求は認められません。
しかし、風水害・洪水・地震などの天災などで、登記を知ろうとしても知ることができないような正当な事由があるときは、悪意とは見なされません。病気や旅行・出張などの個人的事情は正当な事由とは言えません。
次に②の不実登記の効力とは、登記申請者が故意または過失によって、不実の事項を登記した場合には、登記が不実であることを善意の第三者に対抗することができないことです。
では、下の例で見てみましょう。
B氏がA株式会社に対して代金請求をしてきたときに、A株式会社は善意のB氏に対して「Xが代表取締役というのは虚偽でるので、XB間の契約はA株式会社に帰属していないから代金を支払えません」という主張はできないのです。これを、権利外観法理と言い、次の3つの要件が必要です。
①外観の存在:不実の登記が存在すること
②帰責性:不実の登記がなされたことについて、登記申請者である会社に故意または過失があること
③外観の信頼:相手方が善意であること(過失の有無は問わない)
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さらに詳しくは下記へ
Ⅱ.商号
商号とは、商人が営業上、自己を表示するために用いる名称のことです。簡単に言えば、会社名や店名です。商号は名称ですから、文字で表示でき、発音できるものでなくてはなりません。ですから、図形や文様、記号などは商標(トレードマーク)にはなっても商号にはなりません。
商人は、原則として自由に商号を選ぶことができます。これを商号選定自由の原則と言います。
ということは、山本さんが花屋を営業しようとして「山本旅館」という商号を選定することもできることになります。しかし、一般的に、第三者は商号を見てその企業主体などを判断することが多いので、取引の安全を確保するためには、商号による表示と実際の企業主体や内容を一致させる必要があります。
そこで、会社法・商法では次のような5つの制限を設けました。
①会社商号の制限(会社法6条3項)
②会社商号の不当使用の制限(会社法7条)
③営業主体を誤認させる商号使用の禁止(商法12条、会社法8条1項)
④商号単一の原則
⑤名板貸の制限(商法14条、会社法9条)
①の会社商号の制限とは、会社の場合、会社の種類によって、a株式会社、b合名会社、c合資会社、d合同会社――の文字を用いなければならないというものです。その理由は、会社の種類によって社員の責任形態が異なるからです。
②の会社商号の不当使用の制限とは、会社でないのに会社であることを示す文字を使用してはならないというものです。つまり、個人商店なのに株式会社という商号はNGと言うわけです。これも個人商店と会社とでは責任形態が異なるからです。
③の営業主体を誤認させる商号使用の禁止とは、不正の目的をもって、他の会社や商人であると誤認されるおそれのある名称や商号を使用してはならないというものです。例えば、ソフトバンクス株式会社はNGです。これについては、後述の商号権で詳しく解説します。
④の商号単一の原則とは、会社(企業)は1つの商号しか使用できないというものです。法人の一つである会社の商号は自然人と同様、全人格を表すものだからです。
これに対して、個人商人が数種の営業を営んでいる場合には、それぞれの営業ごとに異なる商号を使用することができます。
⑤の名板貸(ないたがし)の制限とは、個人に対して自己の商号を貸した者は、借りた者と連帯して責任を負うことです。詳しくは後述します。
さて、商号が無事決まったとして、この効力はどのようなものなのでしょうか?
商人がその商号について有する権利を商号権と言います。
商号権には、
①登記の有無に関係なく他人に妨害されることなく商号を使用する商号使用権
②他人が同一または類似の商号を不正に使用することを排斥する商号専用権――があります。
商号専用権を具体化したものが商号選定自由の原則の③、誤認的名称・商号の使用禁止です。何人も不正の目的をもって、他の商人・他の会社であると誤認されるおそれのある名称または商号を使用してはなりません。
また、これらの規定に違反する名称または商号の使用によって営業上の利益を侵害されたり、侵害されるおそれがある商人・会社は、営業上の利益を侵害したり侵害するおそれがある者に対して、侵害の停止または予防を請求することができます。この請求は、商号を登記していない者でも行えます。そして、この規定に違反した者は100万円以下の過料に処せられます。
Ⅲ.名板貸人の責任
名板貸とは、ある商人(名板貸人)が、他の商人(名板借人)に自分の商号を使って営業または事業を行うことを許諾すること、いわゆる名義貸しです。名板貸人は、自己を営業主と誤認して取引をした者に対して、取引によって生じた債務を名板借人と連帯して弁済する義務を負うことがあります。この債務には、取引によって直接生じた債務のほか、名板借人の債務不履行による損害賠償債務も含まれ、契約解除による原状回復義務・手付金返還義務も含まれます。
一方、名板借人の不法行為による損害賠償債務は、原則として、名板貸人の責任に含まれません。したがって、名義貸与を受けた者が交通事故やその他の事実行為である不法行為に起因して負担する損害賠償債務は含まれないのです。
また、名板貸人の責任が成立するには、以下の3つの要件が必要です。
①外観の存在:名板借人が名板貸人の商号を使用すること
②帰責事由:名板貸人の許諾
③外観への信頼:第三者の誤認
①の外観の存在の場合、名板貸人の商号をそのまま使用しないで、付加語を加えたり、簡略化しても、営業主の誤認が生ずる限り、名板貸人の責任は発生します。
例えば、下図でY商店をX商店B支店とする場合です。また、特段の事情がない限り、名板貸人と名板借人の営業の同種性が必要です。なぜなら、異種業種ならば、名板貸人の営業であるという外観自体がないからです。
②の帰責事由とは、名板貸人が商人であり、かつ商号の使用を許諾したことが必要ということです。商号使用の許諾は明示すればもちろんですが、黙示の許諾でもOKです。これは、名板借人が名板貸人の商号を使用していることを知りながらこれを放置していた場合も、名板貸人に帰責性があるからです。ただし、単に手形行為をなすについて商号の使用を許諾したに過ぎないという場合には、名板貸人の責任は生じません。
なお、名板貸人がいったん商号使用を許諾した後、これを撤回したとしても、単に撤回を名板借人に通知しただけでは足りず、例えば、新聞広告で許諾した場合には、新聞広告で撤回するというように、許諾と同等以上の方法が要求されます。
③の外観への信頼とは、相手方が名板貸人を営業主体や取引主体と誤認して名板借人と取引した場合に限るということです。つまり、相手方が善意かつ無重過失であるということです。
では、以上を踏まえて、下の図を見てみましょう。
この場合Zさんはどのように損害を回復すればいいのでしょうか?
普通に考えると、契約によって発生した損害の賠償は契約の相手方にしかできないので、ZさんはY商店に対してしか損害賠償請求できないことになります。もし、Y商店に十分な資力がない場合は、Zさんは泣き寝入りすることになります。
そこで、ZさんがX商店の名板貸によって営業主をX商店と誤認していた場合には、Zさんは、Y商店だけでなくX商店にも損害賠償請求を行えることにしたのが、名板貸人の責任です。
商号選定の方法から考えると、商号選定は自由なのが原則であり、他人の名称を使用することも自由なはずですが、Zさんのような第三者を保護するために名板貸人に一定の責任を負わせて、商号選定主義を制限していると言えます。
(通則)
第八条 この編の規定により登記すべき事項は、当事者の申請により、商業登記法 (昭和三十八年法律第百二十五号)の定めるところに従い、商業登記簿にこれを登記する。
(登記の効力)
第九条 この編の規定により登記すべき事項は、登記の後でなければ、これをもって善意の第三者に対抗することができない。登記の後であっても、第三者が正当な事由によってその登記があることを知らなかったときは、同様とする。
2 故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができない。
(変更の登記及び消滅の登記)
第十条 この編の規定により登記した事項に変更が生じ、又はその事項が消滅したときは、当事者は、遅滞なく、変更の登記又は消滅の登記をしなければならない。
第四章 商号
(商号の選定)
第十一条 商人(会社及び外国会社を除く。以下この編において同じ。)は、その氏、氏名その他の名称をもってその商号とすることができる。
2 商人は、その商号の登記をすることができる。
(他の商人と誤認させる名称等の使用の禁止)
第十二条 何人も、不正の目的をもって、他の商人であると誤認されるおそれのある名称又は商号を使用してはならない。
2 前項の規定に違反する名称又は商号の使用によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある商人は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
(過料)
第十三条 前条第一項の規定に違反した者は、百万円以下の過料に処する。
(自己の商号の使用を他人に許諾した商人の責任)
第十四条 自己の商号を使用して営業又は事業を行うことを他人に許諾した商人は、当該商人が当該営業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。
(商号の譲渡)
第十五条 商人の商号は、営業とともにする場合又は営業を廃止する場合に限り、譲渡することができる。
2 前項の規定による商号の譲渡は、登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
(営業譲渡人の競業の禁止)
第十六条 営業を譲渡した商人(以下この章において「譲渡人」という。)は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(特別区を含むものとし、地方自治法 (昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項 の指定都市にあっては、区又は総合区。以下同じ。)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その営業を譲渡した日から二十年間は、同一の営業を行ってはならない。
2 譲渡人が同一の営業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は、その営業を譲渡した日から三十年の期間内に限り、その効力を有する。
3 前二項の規定にかかわらず、譲渡人は、不正の競争の目的をもって同一の営業を行ってはならない。
(譲渡人の商号を使用した譲受人の責任等)
第十七条 営業を譲り受けた商人(以下この章において「譲受人」という。)が譲渡人の商号を引き続き使用する場合には、その譲受人も、譲渡人の営業によって生じた債務を弁済する責任を負う。
2 前項の規定は、営業を譲渡した後、遅滞なく、譲受人が譲渡人の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合には、適用しない。営業を譲渡した後、遅滞なく、譲受人及び譲渡人から第三者に対しその旨の通知をした場合において、その通知を受けた第三者についても、同様とする。
3 譲受人が第一項の規定により譲渡人の債務を弁済する責任を負う場合には、譲渡人の責任は、営業を譲渡した日後二年以内に請求又は請求の予告をしない債権者に対しては、その期間を経過した時に消滅する。
4 第一項に規定する場合において、譲渡人の営業によって生じた債権について、その譲受人にした弁済は、弁済者が善意でかつ重大な過失がないときは、その効力を有する。
(譲受人による債務の引受け)
第十八条 譲受人が譲渡人の商号を引き続き使用しない場合においても、譲渡人の営業によって生じた債務を引き受ける旨の広告をしたときは、譲渡人の債権者は、その譲受人に対して弁済の請求をすることができる。
2 譲受人が前項の規定により譲渡人の債務を弁済する責任を負う場合には、譲渡人の責任は、同項の広告があった日後二年以内に請求又は請求の予告をしない債権者に対しては、その期間を経過した時に消滅する。
(詐害営業譲渡に係る譲受人に対する債務の履行の請求)
第十八条の二 譲渡人が譲受人に承継されない債務の債権者(以下この条において「残存債権者」という。)を害することを知って営業を譲渡した場合には、残存債権者は、その譲受人に対して、承継した財産の価額を限度として、当該債務の履行を請求することができる。ただし、その譲受人が営業の譲渡の効力が生じた時において残存債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 譲受人が前項の規定により同項の債務を履行する責任を負う場合には、当該責任は、譲渡人が残存債権者を害することを知って営業を譲渡したことを知った時から二年以内に請求又は請求の予告をしない残存債権者に対しては、その期間を経過した時に消滅する。営業の譲渡の効力が生じた日から二十年を経過したときも、同様とする。
3 譲渡人について破産手続開始の決定又は再生手続開始の決定があったときは、残存債権者は、譲受人に対して第一項の規定による請求をする権利を行使することができない。
第五章 商業帳簿
第十九条 商人の会計は、一般に公正妥当と認められる会計の慣行に従うものとする。
2 商人は、その営業のために使用する財産について、法務省令で定めるところにより、適時に、正確な商業帳簿(会計帳簿及び貸借対照表をいう。以下この条において同じ。)を作成しなければならない。
3 商人は、帳簿閉鎖の時から十年間、その商業帳簿及びその営業に関する重要な資料を保存しなければならない。
4 裁判所は、申立てにより又は職権で、訴訟の当事者に対し、商業帳簿の全部又は一部の提出を命ずることができる。
第六章 商業使用人
営業譲渡と商業使用人
今日は、①営業譲渡と②商業使用人――について学習します。どちらも定義を覚えて、事例で確認していきましょう。
Ⅰ.営業譲渡
営業譲渡とは、
①一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または重要な一部を譲渡し、
②これによって譲渡人が営業活動を譲受人に受け継がせ、
③譲渡人が法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴う――ものを言います。
会社の場合は、営業譲渡ではなく事業譲渡と言います。
ここでいう有機的一体としいて機能する財産とは、土地・建物などの不動産、自動車・工業機械類といった動産のように、目に見えるものだけでなく、債券・債務、営業権や特許権などの無体財産権、老舗・暖簾といった事実関係も含まれます。
一括して譲渡する営業譲渡が認められているのは、個々の財産をばらばらに譲渡するより高い価値を維持することができ、社会的損失を回避できること、および、企業結合・企業分割の方法となる得ること――からです。
また、競業避止義務とは、譲渡人は同一の市町村の区域内および隣接する市町村の区域内において、20年間は同一の営業を行えないという義務です。この競業避止義務は特約がない限り当然に負うもので、20年間という内容は30年間まで加重することができます。
営業譲渡の移転は、営業自体を一体として一括して移転させることはできません。営業を構成する財産それぞれについて各別に移転し、対抗要件を具備する必要があります。
例えば、不動産については、所有権移転登記をする――などです。
そして、営業上の債務については、債務引受などの手続が必要です。債務引受とは、例えば借金を肩代わりするようなことで、債務引受には債権者の同意が必要です。
次に、第三者に対する関係を見ていきましょう。まず、営業上の債権者に対する関係からです。
X氏がX商店を営業するに当たって、M氏は500万円の融資をしていたとします。この状態で、X氏がY氏に営業譲渡すると、通常、営業上の債務もY氏に移転するのでしたね。
しかし、XY間の特約によって債務だけは移転させないことも想定できます。このような特約がなされた場合、外形的にはY氏が債務者に見えますが、本当の債務者はX氏です。すると、M氏は、請求先を間違える場合もありますし、もし、X氏が債務を弁済できない場合に担保として期待していた営業財産もY氏に移転しているために、不利益を被ることも予想されます。
そこで、商法・会社法では、一定の要件を具備した場合は、M氏は、X氏だけでなくY氏にも債務の請求をできることにしました。一定の要件とは、①譲受人が商号を引き続き使用する場合、②譲受人が営業上の債務を引き受ける広告をした場合――です。
次に、営業上の債務者に対する関係を見ます。
X氏の営業するX商店から材料を仕入れていたN氏に、仕入れの債務が500万円あった場合、X氏がY氏に営業譲渡すると、営業上の債権もY氏に移転するのが通常です。
しかし、XY間の特約によって債権だけ移転させないことも想定できます。このような特約がなされた場合、外形的にはY氏が債権者に見えますが、実際はX氏が債権者です。N氏が誤ってY氏に弁済してしまった場合、債権者に弁済したことにならないので、N氏には不利益と言えます。
そこで、一定の要件を具備した場合には、Y氏に対する弁済も有効になるようにしました。一定の要件とは、譲受人Y氏が商号を引き続き使用し、かつ、債務者N氏が善意・無重過失の場合です。
話は少し外れますが、ここで営業所の話をします。営業所という名称は皆さんよく耳にすると思いますが、営業所とは、商人の営業活動の中心となる一定の場所のことです。商法上でいう営業所は、内部的に指揮命令が発せられるだけではなく、外部的にも営業上の主要な活動がなされる場所でなくてはなりませんし、営業所に当たるかどうかは、客観的に判断され、商人の主観的意思で決められるわけではありません。すなわち、例えば、工場や倉庫などは営業所には当たりません。
そして、商人が一つの営業について複数の営業所を持つ場合、主たる営業所を本店、従たる営業所を支店と言い、商法上の営業所は本店と支店に限られます。大きな企業などでは、出張所や派出所という名称の出店も目にしますが、本店や支店の組織活動の構成部分にすぎず、商法上の営業所には当たりません。
Ⅱ.商業使用人
特定の商人である企業に雇用され、その営業を補助する企業補助者は、
①商人に従属する商業使用人、
②独立した商人――の2つに分かれます。
そして、商業使用人は、その有する代理権の範囲の広狭によって、
a支配人
bある種類・特定の事項の委任を受けた使用人
c物品の販売等を目的とする店舗の使用人――に分かれます。
また、独立した商人は、特定の商人を補助する
d代理商
不特定多数の商人を補助する
e仲立人
f取次商――に分かれます。
1.支配人
支配人とは、商人に代わってその営業に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有する商業使用人です。支配人という名称がついているか否かが問われるのではなく、商人から包括的な代理権である支配権が与えられているか否かが問題で、与えられていない場合は、支配人という肩書が与えられていても、商法・会社法上の支配人ではありません。
支配人の選任は、商人またはその代理人が行います。株式会社の場合には営業主は会社ですから、取締役会設置会社では取締役会で意思決定をし、代表取締役が選任行為を行います。
また、取締役会非設置会社では、取締役が選任します。
このとき、支配人は、監査役設置会社の監査役、委員会設置会社の取締役・監査委員を兼任できません。また、支配人は自然人でなければなりません(取締役会等については後述します)。
そして、支配人は商人とは雇用契約を締結している商業使用人なので、雇用契約が終了すれば支配人としての地位も終了しますし、雇用契約が存続していても支配人に与えられた代理権が消滅すれば終任します。そのほか、営業の廃止や会社の解散、営業譲渡も終任原因となります。
なお、支配人の選任・就任については登記しなければなりません。
次に、支配人の有する支配権について詳しく見ていきます。
支配人は、包括的・不可制限的な代理権を有します。
包括的とは、商人に代わって営業に関する一切の権限を、裁判の内外を問わず有することです。裁判の内とは訴訟行為、外とは取引行為です。
また、不可制限的とは、包括的権限を内部で制限しても、その制限の存在を善意の第三者には対抗できないということです。
例えば、社内規定で、支配人の借入限度額を規定していても、相手方にはその規定は通用しないということです。
包括的な代理権を持つ支配人の権限と代表取締役の権限の違いは、支配人の代理権は、特定の営業及び特定の営業所を単位として認められているのに対し、代表取締役の支配権は、会社の営業全般に及ぶということです。この差に注意してください。
一方、支配人の義務は、主に3つあります。
①善管注意義務
②競業避止義務
③営業避止義務
①の善管注意義務とは、雇用契約上の義務で、事務処理の状況などを報告したり、労務に服することです。
②の競業避止義務とは、支配人は商人の許可を受けなければ、自己または第三者のために商人と同種の営業取引をすることができないことです。
また、③の営業避止義務とは、自ら営業を行ったり、他の商人または会社の使用人になることができないことです。②と③は精力分散防止義務と言われます。
取締役は、競業避止義務はあるものの営業避止義務はなかったので、この点でも異なります。取締役と会社との関係は委任契約です。そして、委任契約は自由裁量を伴うものなので、取締役の行為の自由はできる限り制約すべきではないとの考えでした。
一方、支配人と商人との関係は雇用契約で、被用者である支配人には自由裁量はなく、商人の利益のために専心勤務が求められます。そこで、支配人は営業避止義務も負うのです。つまり、支配人は商人の許可を受けなければ、次の4つの行為はできません。
①自ら営業を行うこと
②自己または第三者のためにその商人の営業の部類に属する取引をすること
③他の商人または会社もしくは外国会社の使用人となること
④会社の取締役、執行役または業務を執行する社員となること
以上のように支配人制度は、支配人に包括代理権を与え、営業活動の拡充の要請に応えるものです。もし、現実には包括的代理権を有する支配人ではないのに営業所の主任者であると他人に思わせるような名称(例えば、支配人、支店長、支社長など)を肩書に持つ商業使用人(表見支配人)がいたとしたら、取引の相手は思いもよらぬ損害を受けることが想定できます。
そこで、営業所の営業の主任らしき名称を付けた表見支配人は、裁判外の行為に対しては、善意の第三者との関係では支配人と同一の権限を有するものと見なすことにしています。つまり、表見支配人がその営業所の営業に関して行った行為は、裁判上の行為を除き、相手方が表見代理人であると知らなかったときは、支配人がしたのと同じ効果を生じることとしました。
表見支配人とされる要件は3つです。
①外観の存在:本店または支店の営業の主任であることを示す名称が存在すること
②帰責性:本店または支店の営業の主任者であることを示す名称の存在について商人に責任があること
③外観の信頼:相手方は善意・無重過失であること
2.ある種類または特定事項の委任を受けた使用人
ある種類または特定事項の委任を受けた使用人とは、具体的には、部長、課長、係長――などです。
自己に権限が与えられた特定の業務について、一切の裁判外の行為をする権限があります。この代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗できません。
3.物品販売店舗の使用人
販売店の店員で、最も狭い代理権が与えられている商業使用人です。
自分が使用人として勤務する物品販売店舗の商品について、相手方が悪意のときを除き、商品を販売する権限があると見なされます。
4.代理商
代理商とは、使用人以外で一定の商人のために、平常、その営業の部類に属する取引の代理または媒介をする者です。
例えば損害保険会社の代理店などが典型的な例です。
商業使用人は自然人に限られましたが、代理商は法人でもOKです。また、代理と媒介は兼任できます。
代理商は、商人の許可を受けなければ、自己または第三者のためにその商人の営業に部類に属する取引をしたり、同種の事業を行う会社の取締役・執行役・業務執行社員――になることはできません。
また、代理商には、
①契約を自身で締結する締約代理商
②契約の媒介を行う媒介代理商――の2つがあります。
①の締約代理商は、一定の商人である本人を代理して契約を締結する代理商です。代理商自身が法律行為を行い、その法律効果は本人(商人)と相手方に帰属します。
②の媒介代理商は、一定の商人である本人に契約締結の相手方を媒介・斡旋する代理商です。代理商自身は事実行為を行うのみで、法律行為は本人(商人)が行います。
5.仲立人
仲立人とは、他人間の商行為の媒介をなすことを業とする者のことです。不動産仲介業が典型例で、一般に周旋業者とも呼ばれます。媒介代理商と類似しますが、媒介代理商は一定の商人のために継続的に取引の媒介を行うのに対して、仲立人は不特定多数のために随時、取引の媒介を行います。
6.取次商
取次商とは、自己の名をもって他人の計算で一定の法律行為をなすことを業とする者のことです。
取次の目的がなんであるかによって、
①問屋(といや)
②準問屋
③運送取扱人――の3つに分かれます。
問屋を例にお話ししますと、問屋は自己の名をもって他人のために物品の販売または買入れを業としています。証券会社が典型です。一般的に言われる問屋(とんや)は、卸売商のことで、商法上の問屋(といや)とは異なりますので、気を付けてください。
問屋などの取次商は、他人の計算においてとはいえ、自己の名で契約を行います。したがって法律効果は、本人(商人)ではなく、取次商と相手方間に帰属する点が特徴です。