行政法 行政法の一般的な法理論5

前回、行政裁量とは何かをお話ししましたが、その後半でも触れた行政裁量権の逸脱や濫用について、もう少し詳しくお話ししたいと思います。
さて、前回お話ししたように原則として行政行為が、司法審査に服し違法と判断されることがあり得るとなると、現実問題として、どんな場合に違法と判断されるかということが、重要になってきます。
そこで、ここでは、行政行為の適法性を判断する基準について考えてみましょう。

まず、その基本は、行政行為が行政裁量を逸脱したり、裁量権の行使の濫用があった場合は、その行政行為は違法となることです。逸脱・濫用のない行政行為は、裁量の範囲として、行政庁の自由な判断に任され、当・不当の問題が発生するのみです。
次に、その判断においては、まず前提として当該行政行為の裁量権が狭いか・広いかを判断します。そしてそれに基づいて裁量の逸脱や濫用のあるなしの判断をします。
では、具体的に裁量権の逸脱や行使の濫用といえる場合とはどんな場合でしょう。
1つは、重大な事実誤認です。例えば、人違いなど…。人が違えばその行為がまったく理由なきものとなるのは、民法の契約でも当事者違いは、契約が無効となったことを思い出してください。
次は、目的違反または動機違反です。
具体的には、行政庁の判断が法が授権した本来の目的から逸脱した判断をしたとか、不正な動機に基づく場合には、行政処分は違法となります。
例を挙げると、組合活動の抑制を図る目的で行われた組合活動家である職員に対する転任処分とか、個室付浴場の開業を阻止するための隣接地への児童遊園設置認可処分などが判例上存在します。
このほか、行政処分を行うに当たって、考慮すべきでない点を考慮して判断をしたという他事考慮も、目的違反や動機違反の一種と見ることが可能です。
さらに、合理的な理由もないのに国民に異なった扱いをしてはならないという平等原則違反が考えられます。
例えば、行政指導のいかんによって同じに扱われるべきものが事実上は異なった扱いを受けていたとしたらどうでしょう? 憲法違反と言えますね。
また、例えば、些細な不正に対して不当に苛酷な懲戒処分を行う比例原則違反もあります。権利の制約は、発生する害悪の程度に応じて必要最小限度でなければならないとするもので、いわば権力が権利の制約をしすぎることを防ぐための原則です。
最後に人権侵害があります。国民の権利を侵害するような行政処分は、違法と評価されるのは当然のことですが、特に人権は権利利益に比較してその制約が違法につながりやすいと言えます。
以上が裁量の逸脱・濫用が見られる主な場合ですが、これらは行政処分の内容に着目してのものです。
しかし、行政処分のうち自由裁量行為については、処分の内容が専門的な判断によって行われるので、裁判所が処分内容の適法性を判断するのは、実際には困難です。だからと言って、裁判所がまったくの素人だから内容については分からないから、すべて合法というのでは、国民の権利の救済が十分できませんね。
そこで、処分の内容ではなく、判断形成過程に視点をずらして、その合理性を審査することがあります。このような判断方法を判断過程審査と呼びます。
先ほど、目的ないし動機違反の中に出てきた他事考慮は、一般にはこの判断過程審査の一種とされています。つまり、判断の過程において、考慮すべき点を考慮していないとか、考慮すべきでない点を考慮して判断したと認められる場合、その結果として行われた行政処分は違法――とするものです。
またさらに、判断過程において、行うべき事前手続きが取られていないとか、これが不十分であるということから、その結果行われた行政処分の効力を否定する方法も存在します。
行政庁は申請に対する処分のような場合には、内部的な審査基準を設定し、その基準の適用に当たって必要な事項を申請人に対して示す必要があるとされています。決めた基準に従って判断されていることが分かれば、不当なえこひいきや差別が行われていない――と言えます。
判例は、タクシー免許の申請人には、上記のような公正な手続きによって免許の拒否について判定を受ける法的利益があるとして、上記手続きを欠く義務違反があるままに行われた行政処分を違法としました。
なお、後の回で勉強する行政手続法は、今解説した判例の法理を取り込んで制定されたもので、手続き面から裁量処分へのコントロールを強化しようとするものだと言えます。
また、行政処分の不作為が違法とされることもあります。抗告訴訟でも、義務付け訴訟、不作為の違法確認訴訟は、この点を前提としています。まず、法令が効果裁量を否定している場合には、要件がそろったら、これに対応する措置をとる義務が行政庁には発生します。この場合は不作為が違法になります。
しかし、効果裁量が認められている場合は、要件がそろっても対応する措置をとらなくてもいい場合があります。つまり、絶対的ではありませんが、自由裁量行為は不作為が違法となりにくいと言えます。
なお、現在では、国民生活が大幅に行政活動に依存していますから、行政の不作為が国民生活に支障を発生させることは必須です。そこで、効果裁量を認められている場合でも、不作為を違法とする判例も示されています。
具体的には、不作為の継続が著しく不合理と評価される場合には、裁量権限界の逸脱=違法性があると見なされます。

前回、行政裁量権の逸脱・濫用がある場合は違法なので、原則として取消しの対象になるというお話をしましたが、今回は、違法の程度がはなはだしい場合(行政行為に重大な瑕疵があった場合)についてお話ししたいと思います。
前回の復習をすると、取消すべき行政行為は、取消訴訟などにより、取消すことが可能でしたね。では、行政行為に重大な瑕疵があった場合も、取消訴訟を行って違法と判断されないと取消してもらうことはできないのでしょうか?
行政行為に重大な瑕疵があった場合は、行政行為の効力は当然否定されますので、これを無効な行政行為と言い、無効等確認の訴えという特別な訴えが行政訴訟法で定められています。
無効な行政行為には公定力、不可走力、自力執行力など一切の法的効力が発生しません。行政行為の効力の項でもお話ししましたが、瑕疵の程度がはなはだしい場合は、取消されるまで有効とすることがあまりにも不合理であることがその理由です。
また、取消すべき行政行為について争うとき、審査請求前置主義といって、取消訴訟の提起の前に行政不服申立てを先に行わなければならないということがありましたが、無効な行政行為の場合には、この必要もありません。
さらに、違法であることを宣言するにとどめて、行政行為自体の効力を維持する事情判決の制度の適用もありません。もともと行政行為に効力を認めない以上、事情判決を下す前提そのものがないと言えるからです。
しかし、このように違法の程度がはなはだしい行政行為は無効で、通常の場合と比べてまったく扱いが異なることになると、どのような場合が違法の程度がはなはだしいと言えるのかが重要になってきます。つまり、行政行為が無効となる基準をはっきりさせる必要があるのです。
判例・通説の見解では、行政行為が無効となる要件は、
①瑕疵の重大性
②瑕疵の明白性――の2つです。
まず、①の瑕疵の重大性とは、重要な法規違反があること――です。行政活動を円滑に行うとか、迅速に行うとかの理由だけでは正当化できないからです。
そして、②の瑕疵の明白性とは、瑕疵の存在が外観上明白であること――です。
行政行為に公定力などが発生するもは、行政行為が違法かどうかは必ずしも明らかでないので、自由に有効無効の主張をさせると、法律関係の混乱が生じるおそれがあるからでした。ということは、瑕疵が明白な場合には、違法かどうかを裁判所の判断に委ねなくても判断が容易であると言えますので、行政行為の効力を否定するのに特別な手続きは必要ないわけです。
ところで、この瑕疵の重大性、明白性という要件で行政行為の有効・無効を判断するというのは、この2つの要件が抽象的であることから、柔軟な対応ができるというメリットがります。しかし、一方それは、要件を満たす・満たさないの判断がつきにくいというデメリットでもあるわけです。
そこで、ここでは、どんな場合に無効になるのかを
①主体に対する瑕疵
②形式に対する瑕疵
③内容に関する瑕疵
④手続きに関する瑕疵――に分けて、具体例を通じてお話しします。

Ⅰ.主体に対する瑕疵
主体に対する瑕疵は、
①行政行為をした者にその行政行為をする権限がないない場合
②正当に組織されない合議機関の行為
③他の行政機関の協力または相手方の同意を欠く場合
④行政機関の権限外の行政行為の場合
⑤行政機関の意思が欠けた場合――に分けることができます。
①の行政行為をした者に行政行為をする権限がない例を挙げると、公務員になることができない欠格者が行った行政行為や、任期満了後の公務員が行った行政行為――が挙げられます。これらは、当然に無効となります。
同じような趣旨から行政行為が無効となる場合として②正当に組織されない合議機関の行為があります。正当に組織されないとは、組織・構成に重大な瑕疵がある場合のことで、適法な招集を欠く場合や、定足数を欠く場合、欠格者を参加させた場合――などが考えられます。
しかし、①②どちらの場合も例外があります。
例えば、市長の解職が無効であることが後から判明した場合に、これに当てはめると後任の市長が行った行為は権限がないと無効となるはずです。しかし、それでは行政行為への信頼がなくなるのであえて有効とすることがあります。
また、欠格者が参加した合議でも、欠格者を除いても定足数を満たしている場合は、特段の事情がない限り決議に違法はないとした判例があります。
③の他の行政機関の協力または相手方の同意を欠く場合も原則として無効となります。
例えば、行政庁が建築許可を行う場合には、消防庁または消防署長の同意が必要とされていますので、同意を欠く建築許可は無効になります。
④の行政機関の権限外の行政行為というのは、その行政庁が担当する事項以外の行政行為という事物的限界と、地域的限界を超えた行為も無効となります。行政庁が、法が定めた権限外の行為をするというは、法律による行政の原則を完全に無視したことに当たりますから、無効となるのは当然です。
そして、行政庁が行政行為をするに当たり、⑤行政機関の意思が欠けた場合は、行政庁の判断という裏付けがまったくないわけですから、行政目的を達成するどころか弊害すら生じるおそれがあります。当然、無効となります。
しかし、この場合も錯誤による意思表示には、効力が生じる場合があります。つまり、国民は行政庁の意思表示が錯誤であるかどうかは分かりませんから、信頼して何らかの行為を行うことが十分考えられます。ここではその信頼を守る必要があるので、原則として表示に従って効力が生じるのです。
錯誤によってなされた表示でも、内容が実現不可能な場合や違法である場合は、例外として行政行為の効力を否定することが可能です。民法の世界でも、実現不可能な契約や違法な契約が無効になりましたね。同様の場合と考えてください。
錯誤かある場合の取扱いの違いは、違法であることの明白性の違いと捉えるといいでしょう。

Ⅱ.形式に関する瑕疵
行政行為にある形式が備えなければならないということには、それなりの目的があるはずです。この目的がまったく達成できない場合は、行政行為は無効になります。
例えば、理由付記が必要なのにこれがまったくない場合は、行政行為は無効になります。理由を付記しなければならないのは行政に慎重な判断を求めると同時に、不服がある場合に不服申立ての便宜を図るためです。この目的が達成できないということは、違法性が重大であると判断されるわけです。
これに対して、理由が付記されているものの、抽象的すぎるなどの不備がある場合も目的の達成はできませんが、まったくできないというわけではないので違法の程度は重大ではなく、取消しの対象になる行政行為に分類されます。
このほか、形式上の行政行為が無効になる場合は、書面によるべきところを口頭で行った場合、行政庁の署名・捺印を欠く場合――などがあります。
一方、書面の記載内容に不備がある場合や、日付の記載がなかった場合などは、取消しの対象になる行政行為と言えます。

Ⅲ.内容に関する瑕疵
行政行為の内容が事実上実現が不可能な場合や、内容が不明確な場合にも無効になることがあります。
実現が不可能な例としては、死者に対する医師免許などの付与や、存在しない土地の収用裁決などがあり、確定可能性がない場合としては、買収すべき土地の範囲が明らかでない農地買収処分を挙げることができます。
また、農地を巡った判例として、買収しようとする農地の地番と所有者の表示が再三にわたって誤記され、しかも、誤記による地番に従った土地が存在した場合は、用地買収の対象が不明確に当たるとしたものがあります。
この際に問題になったのが、当事者にとってどの土地が買収の対象になるかが熟知されていた場合は買収の対象となった人への不利益がないのではないか、すなわち、行政行為は無効とならないのではないかという点です。
この判例では、瑕疵の存在が客観的に明白=誰が見ても瑕疵かあることが分かる場合に該当するとして、行政行為は無効とされました。
しかし、書面上不明確でも事実上明確な場合、処分を無効としない判例も多くあることに注意してください。

Ⅳ.手続きに関する瑕疵
この場合もっとも想定できる例が、法廷の手続きが欠ける場合が挙げられるでしょう。そのうちでも、利害関係人の権利・利益を担保するため、利害調整を目的とする手続きや不利益処分における聴聞手続きがまったく欠けている場合は原則として行政行為は、国民の権利利益の保護のため、無効となると考えていいでしょう。
一方、手続きが行政上の便宜を目的とする場合、例えば、行政の円滑かつ合理的な運営のために参考とする程度の手続きを欠いた場合には、取消しの対象になる行政行為と考えられます。
この手続きが欠けるという場合、判例を見ると、手続きの瑕疵が処分の内容に影響を与えるか否かが判断理由となる傾向にあります。内容にまったく影響がないと思える場合には取消し原因にさえならなかった判例もありました。
これについては、後に詳しく紹介する個人タクシー事件と群馬中央バス事件を比較してください。
(個人タクシー事件では、手続きを欠く点が結論に影響を与えた可能性がある点を指摘して却下処分の効力を否定、群馬中央バス事件では、影響ない点を指摘して処分の効力を肯定しています)
以上をまとめると、法廷の形式や手続きを全く欠く場合には瑕疵が明白であると言えます。また、重大な違法と言えるかどうかについては、形式を欠く場合には重大な瑕疵と言えますが、手続きを欠く場合にはそうとも言えない――ということになります。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

関連記事

  1. 行政法 行政法の一般的な法理論8

  2. 行政法 行政法の一般的な法理論7

  3. 行政法 行政法の一般的な法理論2

  4. 行政法 行政法の一般的な法理論5

  5. \行政法 行政法の一般的な法理論1

  6. 5-3 ○問題演習 行政法の一般的な法理論 60問上級