行政手続法
(平成五年十一月十二日法律第八十八号)
最終改正:平成二六年六月一三日法律第七〇号
適正な行政運営をしていくための手段には、行政手続と情報公開があります。まず、今日は①行政手続きの趣旨、②行政手続法の目的――を解説します。
Ⅰ.行政手続きの趣旨
行政手続という場合、広い意味では行政上の不服申立手続も含みますが、不服申立手続は行政救済法で扱うこととして、ここでは、行政の事前手続についてお話しします。
事前手続は適正な行政運営を支えるものです。
例えば、利害関係人への聴聞手続、審議会への諮問や公聴会の開催、パブリックコメントの募集などをしたとしましょう。すると、どのような行政活動をするかの決定に当たり、利害関係人や専門家の様々な意見を反映させることができます。これが、行政活動の事前手続の狙いです。
この結果、行政庁の独断を防止し、行政決定における民主的正当性が確保できると言えます。様々な意見を考慮することで、万が一の間違いや、細かな問題を見逃さない慎重さを確保し、適切な行政決定が期待できます。
もちろん、違法な行政活動が行われることを避けることにもつながりますから、私人の権利侵害や望ましくない既成事実が発生することの予防にもつながります。
また、行政手続は憲法でも要請されていることです。根拠として分かりやすいのは憲法31条の法定手続を要求した条文ですが、このほか、13条、41条などの法治主義の原理からも導くことができます。
判例でも、31条の法定手続の保障が行政活動一般に及ぶことを肯定していますが、31条は刑事手続に関する定めです。行政活動には目的や国民に対する権利や制約の内容・程度などに応じて多種多様のものがありますので、すべての行政手続に刑事手続と同様の厳格なものを要求する必要はなく、無駄が多いばかりか、行政を円滑に遂行することが難しくなり、目的達成が危うくなることも考えられます。
そこで、行政活動には必ずしも刑事手続同様の手続きを採る必要はなく、例えば、行政行為の相手に事前の告知、弁解、防禦(ぼうぎょ)の機会を与えるかは、複数の事情の総合判断で決するとした判例もあります。
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Ⅱ.行政手続法の目的
行政決定に当たり、まずは、必要な手続きとはどういうものかを説明します。
行政手続を経る目的は、
①行政の透明性
②公正さ
③民主的正当性――を確保することですから、行政手続はこの目的が達成できるものでなくてはなりません。具体的な内容は行政手続法にありますが、実は法律が制定されるまでに判例によって形成されたものです。
なお、行政手続法は地方公共団体の活動には適用がないのが原則です。
行政手続法の目的は1条1項に規定されているので、まず、1条1項を紹介します。
(目的等)
第1条 この法律は、処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等※1を定める手続きに関し、共通する事項を定める※2ことによって、行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。第46条において同じ。)の向上を図り※3、もって国民の権利利益の保護に資することを目的※4とする。(1項)
まず、※1を見てください。行政手続法の適用対象は、処分、つまり行政行為、行政指導、届出などに限られ、すべての行政活動ではありません。その理由は、※2にある行政手続法の性質から導かれます。つまり、行政手続法は、手続きに関し、共通する事項を定めるもの(行政法の一般法)です。しかし、行政活動には多種多様のものがあり、一口に一括りにできません。
そこで、行政手続法の適用の対象は限られますが、権力的な行政活動の形式の代表である行政行為と、非権力的な行政形式の代表である行政指導は適用対象に含まれています。つまり、※4の国民の権利利益を守るためには十分、役割を果たせます。特に行政指導は、前回解説したように法律による規制が必要ないので、行政手続法で、これに規制をするという意義は大きいと言えます。
次に、行政手続法の目的です。それは直接には、※3の公正の確保、透明性の向上を図ることです。
後で説明しますが、行政手続法は、
①不利益処分をしたり
②申請に対して、許可をする基準を定めること
③意見聴取手続を実施すること
④行政指導に当たって責任の所在を明らかにすること
⑤指針を定めること――を要求しています。これらの手続きを踏めば、不公平な対応であるとか、理由が分からない圧力が行政からかけられることを防ぎ、適正な内容の行政活動が行われることが期待できます。
また、1条1項は丁寧に、その目指す目的である透明性の意味まで説明していて、意思決定に至る過程や内容が、国民にとって明らかであることと明記しています。これを端的に言えば、行政活動の不透明さをなくすことを行政手続法は目的としているということです。
ある処分をある日突然された! 理由も分からない……というのでは、何かの間違いではないか? 不当な扱いをされたのではないか?と、国民が納得できないことになってしまいます。この点、理由も明確に述べ、その結論に至る過程では、間違いが起きないよう十分な検討をする手続きが踏まれているとなれば、多少の不利益も仕方がない、公共の福祉のためには仕方がない――と、国民の納得が得られることになります。
しかも、手続きが踏まれ十分な説明があると、国民が納得できない場合には、不服申立てもしやすく、万が一行政側に間違いがあった場合には、権利救済を受けやすいとも言えます。
以上のような結果、※4国民の権利利益の保護につながることになり、これが、行政手続法の大きな目的です。
行政手続法は適用される行政活動の範囲が決まっているとお話ししましたが、行政手続法3、4条に規定され、適用範囲は次のように限定されています。
①処分(申請に対する処分および不利益処分)
②行政指導
③届出に関する手続と命令等を定める手続き
①処分とは、行政庁の処分、その他公権力の行為に当たる行為のことです。
③命令等とは、内閣または行政機関が定める次に挙げるものをいいます。
a法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む)または規則
b審査基準(5条)
c処分基準(12条)
d行政指導指針(36条)
また、処分、行政指導の内容・性質等は多種多様であり、その中には一般的・共通的な手続き規定の対象とすることが適当でないものもあります。そこで、行政手続法3条1項に、16の適用除外事項を設けています。16は大きく分けて次の4つに分類されます。
①当該分野に慎重な手続きがあるもの(国会・議会により行われる処分、裁判所・裁判官の裁判により行われる処分――など)
②刑事手続等の一環として処理されるもの(検察官が行う処分――など)
③当該分野における相手方の権利・利益の性質上、特別の手続きをとるべきもの(刑務所等において収容の目的を達成するために行われている処分、外国人の出入国、帰化に関する処分――など)
④性質上行政手続法の適用になじまないもの(もっぱら人の学識技能に関する試験・検定の結果についての処分、審査請求、異議申立てその他の不服申立てに対する行政庁の裁決、決定その他の処分――など)
このほか、3条2項では、命令等に関する適用除外、4条1項では国の機関等に対する処分の適用除外を規定していますが、適用除外されるものとしてぜひとも覚えておきたいのが、3条3項で規定されている地方公共団体が行う手続きです。その理由は、地方公共団体が独自に条例などで必要な手続きを定めている例が多く、その定めを尊重するためです。
しかし、46条では地方公共団体に、行政運営における公正の確保、透明性の向上を図るための必要な措置を講ずる義務を規定しているので、まったく規制をしていないわけではありません。
このほか、地方公共団体が行う処分でも法律に基づくもの、例えば、生活扶助や健康保険に関する処分などは行政手続法が適用されます。この理由は、国が地方公共団体の行う処分について、きちんと目的を達成できるよう、国の判断による規制が必要だ…という関心を持っていると言えるでしょう。
また、行政手続について、個別法に特別の定めがある場合は、当然それに従います。
処分に関する行政手続
前回は、行政手続法1条に規定されている、行政手続法の目的などを勉強しましたが、今日は、第2条3項の規定を見ていきましょう。①申請前の手続き、②標準処理期間、③申請後の手続き――と順に解説します。
行政行為の説明でも出てきましたが、許可、特許、認可を得るには、申請が必要です。申請にまつわる行政行為が問題になる場面では、国民は利益を与えてほしいことから言いたいことが言えない、行政主体としては、それをいいことに不公正な態度をとってしまう――ということがないとは言えません。
そこで、行政手続法では、申請に対する処分についての規制を定めています。まず、申請とは何であるかをはっきりさせておきましょう。申請とは法令に基づき、自己に対する何らかの利益を付与する処分を求める行為のことです。つまり、私人が授益的行政行為をするよう行政側に求めることです。
このうち、当該行為に対して行政庁が諾成の応答をすべきこととされているものが、行政手続法の適用の対象になります。行政手続法2条3項には、申請の定義が定められています。
第2条(定義)
三 申請 法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾成の応答をすべきこととされているものをいう。
ここでいう許可、認可、免許は例示であり、自己に対して何らかの利益を付与する処分(承認、認定、決定、検査、登録等)も申請に含まれます。また、本条の定義に当てはまるものであれば、届出という名称であっても申請に当たります。
一方、単なる請願や申入れは行政庁に応答義務がないので、申請には当たりません。その理由は、応答の必要性もあまりなく、国民に与える不利益も小さいからです。
Ⅰ.申請前の手続き
申請前の手続きは5条に規定されています。
第5条(審査基準)
1 行政庁は、審査基準を定める※1ものとする。
2 行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なもの※2としなければならない。
3 行政庁は、行政上特別の支障があるときを除き、法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかねばならない※3。
この法律の立法趣旨は、申請の公正な処理を確保することの重要性にかんがみ、行政庁に対し、許認可等をするかどうかを判断するために必要とされている基準をできる限り具体的に定めておき、原則としてこれを公にしておくことを義務付けるものです。
申請前に採るべき手続きとして、まず、申請の対象になる行政庁は※1申請に対する審査基準、つまり、許認可などをするかどうかを判断するために必要な基準を定める義務があり、※2その審査基準は、できるだけ具体的である必要があります。
さらに定めた基準は、※3公にしておく必要があります。これらの義務は法的義務なので、行政庁がこの義務を果たさないことは違法と評価されます。すると、行政の義務違反によって不利益を受けた国民は、裁判所による救済を受けられる可能性が出てきます。
例えば、申請が却下された者が抗告訴訟で却下の処分を取消すことの根拠として、基準の設定がないとか、公表がなかったことを主張するという手段が採れるわけです。
このように基準を定めることは行政の公正・透明性の確保に役立ちます。申請をする国民側からは、自分の申請の結果がどうなるかをある程度予測できるので、申請をするかしないか、さらにどの程度の準備をすればよいかが分かるようになり便利と言えます。
また、合理的な基準を設定すれば、申請個々の判断に当たって、恣意的で不合理な判断をすることが防げます。裁判所が抗告訴訟などを行うに当たっても、判断基準が合理的であるかどうかの判断をする手がかりにもなります。
行政手続法に定められているわけではありませんが、基準の変更に当たっても、行政庁は国民に一定の期間を設けて周知しなければなりません。その理由は、基準が知らない間に代わっていたいうことが日常茶飯事では、国民に混乱が生じるからです。
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Ⅱ.標準処理期間
次に行政手続法6条は、申請に対する標準処理時間を行政庁に対して求めています。
第6条(標準処理期間)
行政庁は、申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をなすまでに通常要すべき標準的な期間(法令により当該行政庁と異なる機関が当該申請の提出先とされている場合は、併せて、当該申請が当該提出先とされている機関の事務所に到達してから当該行政庁の事務所に到達するまでに通常要すべき標準的な期間)を定めるよう努める※1とともに、これを定めたときは、これらの当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適用な方法により公にしておかなければならない※2。
第6条の立法趣旨は、申請の迅速かつ適正な処理を確保するとともに、申請者にも益となるべき期間を知らせるためです。ただし、これは※1努力義務ですから、設定がないことが違法になるわけではありません。その理由は、案件ごとに許可・特許を与えてよいかなど意思決定に必要な時間が大きく違ってきて、標準処理期間の設定が難しい場合があるからです。
しかし、※2標準処理期間を設定した場合は、行政庁に公にする法的義務が発生します。せっかく処理期間を定めても公表しないというのでは、標準処理期間を定めた意味がなくなるからです。
なお、標準処理期間は、あくまで「標準」のものですから、適法な申請がなされた場合の処理に必要な期間が定められています。
Ⅲ.申請後の手続き
申請を受けた後には、その手続きにおいて行政庁は、行政手続法7条に定められた義務を負います。
第7条(申請に対する審査、応答)
行政庁は、申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始※1しなければならず、かつ、申請書の記載事項に不備がないこと、申請書に必要な書類が添付されていること、申請をすることができる期間内にされたものであることその他の法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請については、速やかに、申請をした者(以下「申請者」という。)に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求め、又は当該申請による求められた許認可等を拒否しなければならない※2。
7条の立法趣旨は、行政運営の透明性の向上と迅速で公正な対応を図ること、及び国民の権利利益の保護を目的としています。
申請を受けた行政庁は、手続きにおいて※1申請が到達したら、遅滞なく審査を開始し、応答しなければなりません。応答するとは、申請に正当な理由があった場合は許可し、理由がなかったり、不備だった場合には私人を不安定な状況におかないようできるだけ早く不許可とすることです。
なお、形式不備の申請に対しては、速やかに申請者に補正を求めるか、申請を拒否するか、いずれかの手続きを採る必要があります。※2の部分です。ここで時間がかかってしまえば、標準処理時間が定められている意味がなくなってしまいます。
また、行政手続法は、法律上、届出をする義務がある場合にも適法な届出が到達したときに届け出の義務が履行されてとする到達主義を規定しています。これは、不受理の扱いを排除する趣旨があると言えます。
さらに、申請に対して拒否する処分を採る場合は、行政庁は原則として処分と同時にその理由を示す義務があり、これは8条に規定されています。
第8条(理由の提示)
1 行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない※1。(以下略)
2 前本文に規定する処分を書面でするときは、同項の理由は、書面により示さなければならない※2。
8条の立法趣旨は、行政庁の判断の慎重性と公正・妥当性を担保して恣意を抑制するとともに、拒否理由を申請者に明らかにすることによって透明性の向上を図り不服申立てに便宜を与えるものです。言うまでもなく、申請の拒否は申請者に対して不利益を与えるものですから、拒否は慎重に間違いないように行わなければなりません。
理由を示すとなるといい加減な処分をすることはできませんし、理由を記す過程で、行政庁が処分の間違いに気づくことも期待できます。つまり、理由を示すことは、慎重な判断を実現するとともに、判断の公平さや妥当性を確保することができることに意味があります。また、申請者が不服申立てをするにも、理由を参考にすることで効果的な主張をすることが可能になります。
なお、※2のように理由を示すに当たっては、処分を書面でする場合には、理由を示すのも書面によらなければならないと形式的な規制を定めているだけで、どの程度の理由を述べる必要があるかについては、明確に定められていません。
しかし、仮に理由について、具体的な記載をしなくてよい――というのなら、不合理な理由によるいい加減な申請拒否を行政庁が行えることになってしまいますし、間違いに気づく可能性も低くなってしまいます。不服申立てに当たっても、申請拒否の理由があまり参考にならなくなってしまいます。
そこで、判例では、理由付記の趣旨を満たす必要から、理由付記には、単に申請に対する拒否の根拠となる法律の根拠を示すだけでは足りず、どのような事実関係を認定したうえで、申請に対する拒否という判断に至ったかについて具体的に記載することが必要としています。
そして、審査の中途には、行政庁には情報を提供する義務もあります(9条)。具体的には、審査の進行状況や、申請に対する処分がいつ頃なされるかという時期の見直しを示すことを努力する義務や、申請書の記載や添付書類に関する事項などの申請に必要な情報の提供に努める義務があります。その趣旨は、申請者は申請が通るかどうかの不安な地位に置かれるので、進行状況や時期の見通しが分かることで、申請者の不安を和らげることにあります。
ただし、理由を記すことも情報を提供することも努力義務です。どちらも申請者の求めに応じてすれば足ります。また、公聴会の開催など、申請者以外の者の意見を聞く機会を設ける義務(10条)も努力義務です。
この公聴会などの開催に当たっては、申請者をはじめとした利害関係人、専門家などの意見を広く採りいれることが望ましいと言えます。特に許可不許可の与える影響が、国民の自由に対して大きく影響するとか、微妙で高度な認定が必要とされる場合は、行政庁の恣意、独断が疑われることがないよう慎重な手続きを採らなければなりません。
また、申請に対する審査において、諮問機関への諮問という手続きが要求されることがあります。諮問とは、意見を参考にするという意味で、判断に専門的な知識を要する場合に、間違いがないかより慎重な判断をするために行われます。しかし、行政庁は、法的に諮問に対する答申(諮問機関が行政庁に対して具申した意見)に拘束されるわけではありません。あくまで、参考にするだけです。
答申と行政庁の処分は独立したものであることから、諮問の過程や諮問に対する答申に瑕疵があっても、処分に影響しないのが原則です。しかし、申請に対する許可不許可の処分が公益に影響する程度が高かったり、判断に専門的な知識が求められる場合、行政庁が、答申をできる限り尊重することが必要と言えます。
そこで、このような事情がある場合には、答申に瑕疵がある場合にも、これに基づいてなされた処分にも違法事由があると、判例は認めています。ここでいう瑕疵とは、諮問そのものが欠けるとか、答申が諮問の要求する趣旨に反すると認められる場合です。
処分に関する行政手続のうち、不利益に関する処分手続を特に取り上げて、お話しします。
不利益処分は時には必要なものですが、国民の権利利益への侵害を生じさせるおそれが特に高いものなので、規制の必要も当然に高いと言えます。
今回は、①不利益処分とは、②聴聞、③弁明の機会の付与――と解説していきます。
Ⅰ.不利益処分とは
規制の対象になる不利益処分とは何かについて、行政手続法2条4項は次のように定めています。
第2条4号
四 行政庁が法令に基づき、特定の者を名あて人※1として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する※2処分
※2の「直接に義務を課し、権利を制限する」ことについては特段に説明はいらないでしょう。注意すべきは、行政手続法の規制がある不利益処分は、※1特定の者を名あて人とするということで、一般的な処分は不利益処分から除外されることです。一般的な処分とは、例えば、道路交通法に基づいて特定地域の交通規制を行う処分のように、処分が特定の者を対象としていないもののことです。
特定の者を名あて人とする不利益処分についての審査基準の設定・公表についての義務は、12条に定められています。
第12条(処分の基準)
1 行政庁は、処分基準を定め、かつ、これを公にしておくよう努めなければならない。
2 行政庁は、処分基準を定めるに当たっては、不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。
不利益処分について行政庁は、処分基準、つまり法令の定めに従い、処分の対象になるかどうかを判断するための基準を定める義務があります。その理由は、適正な基準に従ってなされれば、不利益処分が適正になされること、さらに基準に従ってなされることで公平にされることを保障するためです。また、処分基準設定の趣旨を徹底し、かつ、国民にどのような場合に不利益が及ぶか予告することが権利利益の保護に役立つので、基準を公にする義務もあります。
しかし、これらの義務は努力義務です。処分基準の設定が努力義務である理由は、処分の実績が乏しい場合、事前に基準を作成することが困難であることが予想されるからです。
また、公開が努力義務なのは、公開することによる弊害が予想されるからです。
例えば、自動車の公道における速度制限で、60キロ制限という建前が採られていても、実際は80キロを超えないと取り締られないと分かってしまうと、現実、60キロ制限は、守られなくなってしまいます。同様に3回の違反で営業停止にするとの基準が定められていることを公開すると、2回までの違反を助長するおそれがあります。これが、処分基準の公開が努力義務である理由です。
なお、処分基準を定める場合は、できるだけ具体的な内容とすることが求められています。
次に、行政庁は、不利益処分をする場合、同時に処分の理由を提示する法的義務があります。この趣旨は、申請に対し拒否する場合と同じく、行政庁の判断を慎重にさせ、権限の濫用を防ぐと同時に、私人の不服申立ての便宜を図るためです。
この義務が例外的に免除されるのが、理由を示さないで処分をしなければならない場合です。差し迫った必要がある場合、緊急の公益確保の必要のため、国民の権利利益を制限する場合が、例外と言えます。
申請に対する拒否も含め、何らかの不利益な処分をするには、理由を示す法的義務が発生すると覚えておきましょう。
なお、不利益処分を書面でする場合は、理由も書面で示す義務があります。処分を書面でする趣旨は、責任の所在や義務の内容を明確にするためです。この時なされる処分は、相応の重要性と国民への不利益を伴うものですから、理由についても書面で示すことにさせ、理由を要求した趣旨を徹底させることを目的としています。
さらに、不利益処分をするに至る過程で、どのような手続きをとるかもまた重要です。恣意的な判断や誤った判断がなされることを防ぐだけでなく、処分が利害関係人の意思にも矛盾しないものになるように計らうためのものだからです。
そのような手続きとして、重要なのが、聴聞または弁明の機会の付与です。どちらも不利益処分の相手方の「意見陳述のための手続き」で、行政手続法はこの手続きを行うことを13条に定めています。
第13条(不利益処分をしようとする場合の手続)
行政庁は、不利益処分をしようとする場合には、次の各号の区分に従い、この章の定めるところにより、当該不利益処分の名あて人となるべき者について、当該各号に定める意見陳述のための手続きを執らなければならない。
一 次のいずれかに該当するとき 聴聞
イ 許認可等を取消す不利益処分をしようとするとき
ロ イに規定するもののほか、名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするとき
ハ 名あて人の業務に従事する者の解任を命ずる不利益処分又は名あて人の会員である者の除名を命ずる不利益処分をしようとするとき
ニ イからハまでに掲げる場合以外の場合であって行政庁が相当と認めるとき
二 前号イからニまでのいずれにも該当しないとき、弁明の機会の付与
聴聞と弁明の機会は、どちらも、相手方に処分の理由、対象となる事実やその根拠を述べ、これに不服があるときは、反対の意見やそのことを根拠づける資料を提出させるものです。
その目的は、不利益を受ける者の言い分を十分に聞くことで、行政庁が誤った判断をすることを事前に防止することです。合わせて、このような手続きを経ることで、最終的になされた判断の正当性を担保することにもなります。
聴聞と弁明の機会の違いは、弁明の機会は聴聞に比べ簡易な手続きによる点です。したがって、聴聞が必要な場合とは、許認可の取り消し、資格や地位の直接的な剥奪、法人役員の解任――など、相手方に対する打撃が大きい場合です。
Ⅰ.聴聞
行政庁は、聴聞を行うに当たり、聴聞を行うべき期日までに相当な期間を置き、不利益処分の名あて人となるべき者に対し、以下の事項を書面により通知しなければなりません。
第15条第1項 (通知事項)
・予定されている不利益処分の内容および根拠法令の条項
・不利益処分の原因となる事実
・聴聞の期日と場所
・聴聞に関する事務を扱う組織の名称と所在地
聴聞の期日における意見陳述権、証拠書類提出権、聴聞終結時までの文書等閲覧請求権は、不利益処分の名あて人となるべき者が、聴聞の機会を有効に生かして、自己の権利利益を擁護するために、重要な意味を持ちます。そこで聴聞の通知の書面においては、これらの事項も合わせて教示しなければなりません。
聴聞に際し、当事者の権利利益を保護し、かつ手続きの簡易・迅速化を図る観点から、当事者および参加人は、代理人を選定することができます。また、当事者および参加人は、主催者の許可を得て、保佐人とともに出頭することができます。
また、行政庁がどのような資料に基づいて不利益処分をしようとしているか分からなければ、聴聞の場で適切な主張立証をできません。
そこで、当事者や参加人は、聴聞の通知があった時から聴聞が終わるまでの間、行政庁に対して調書その他の不利益処分の原因となる事実を証明する資料を閲覧することを求めることができます。
審理の方法は、次のとおりです。
1.冒頭手続
まず、冒頭手続として、主宰者は、最初の聴聞期日の冒頭で、行政庁の職員に
a予定される不利益処分の内容
b根拠法令の条項
c原因となる事実――を出頭した者に対して、説明させなければなりません(20条1項)。
その趣旨は、冒頭手続の規定を設けることで、心理を円滑に進行させ、かつ審理を十分に尽くさせることにあります。
2.聴聞手続きにおける活動
次に聴聞手続における活動のうち、当事者や参加人は、意見を陳述し、証拠書類等を提出し、主宰者の許可を得て行政庁の職員に対して質問をすることができます(20条2項)。主宰者の許可が必要なのは、不当に質問が多発され、審理が混乱することを防ぐためです。
なお、当事者や参加人は、出頭に代えて聴聞の期日までに陳述書や証拠書類を提出することが可能です。
では、一方の主宰者の活動を見ていきましょう。主宰者は、必要と認めるときは、当事者や参加人に質問をして、意見の陳述や証拠書類等の提出を促したり、行政庁の職人に対して説明を求めることができます(20条4項)。これを、聴聞主宰者の釈明権と言います。
3.聴聞の終結
もし仮に、当事者や参加人が正当な理由なく聴聞の期日に出頭せず、さらに、陳述書や証拠書類等を提出しない場合には、聴聞の主宰者は、関係人に意見陳述等や陳述書の摘出をさせないで、聴聞を終了することができます(23条1項)。
4.審理の公開
聴聞の審理は、行政庁が公開することが相当と認める以外は、非公開が原則です(20条6項)。その理由は、当事者等のプライバシーの保護です。
5.聴聞調書および報告書
聴聞が終了したら、主宰者は、聴聞の審理の経過を記載した調書を作成して、当事者や参加人の陳述の要旨を明らかにする必要があります(24条1項)。調書は、審理が行われた聴聞の期日ごとに、審理が行われなかった場合には聴聞の終結後、速やかに作成しなければなりません(24条2項)。
また、主宰者は、聴聞の終結後速やかに、不利益処分の原因となる事実に対する当事者の主張に理由があるかどうかについての意見を記載した報告書を作成し、調書と合わせて行政庁に提出しなければなりません(24条3項)。
また、当事者や参加人は、調書や報告書の閲覧を求めることが可能です(24条4項)。
6.聴聞の再開
ところで、一度終結した審理は、再開することはできないのでしょうか? 行政庁は、聴聞の終結後に生じた事情にかんがみ、必要を求めるときは、主宰者に対して報告書を返戻して聴聞の再開をすることができます(25条前段)。これは、事実関係の判断を左右し得る新たな証拠書類等を行政庁が得た場合を想定しています。
7.聴聞を経てされる不利益処分の決定
行政庁には、不利益処分の決定をするときは、調書の内容や報告書に記載された主宰者の意見を十分に参酌(第三者の意見を参考にして適切な処置をとること)しなければならないという参酌義務があります。
その理由は、行政庁の行う不利益処分に聴聞の成果が反映されないのでは、聴聞を行った意味がないからです。
8.不服申立ての制限
行政庁または主宰者が、聴聞の節の規定に基づいてした処分は、派生的な処分であるため、行政不服審査法による審査請求や異議申立てなどの不服申立てをすることができません。つまり、不利益処分を受けた者は、行政事件訴訟により処分への不服を述べるしか方法がないわけです。
Ⅱ.弁明の機会の付与
聴聞以外に、弁明の機会の付与という手続きもあります。先にも述べましたが、弁明の機会の付与は、弁明を記載した書面の提出を求めるものにすぎません。審理は、行政庁が口頭ですることを認めた場合を除き、弁明書を提出します(29条1項)。
この趣旨は、
①弁明内容を明確にすること
②簡易迅速な防御手続を確保すること――などです。
また、弁明をするときは、当事者の権利保障のために証拠書類等を提出することができます。
そして、行政庁は弁明書の提出期限までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人に対して、以下の事項を書面で通知しなければなりません。
①予定される不利益処分の内容および根拠法令の条項
②不利益処分の原因となる事実
③弁明書の提出先と提出期限(口頭による弁明の機会の付与の場合には、その旨ならに出頭すべき日時および場所)
ところで、聴聞には行政不服申立ての制度の適用がありませんでしたが、弁明の機会の付与には、処分を受けた者が行政不服申立ての制度を利用することが制限されていません。
以上のことから最後に聴聞と弁明の機会の付与の違いをまとめますので、参考にして覚えてください。