行政不服審査法
(平成二十六年六月十三日法律第六十八号)
行政不服審査法(昭和三十七年法律第百六十号)の全部を改正する。
行政不服審査法~行政不服申立ての目的と種類
今回からは、行政救済法の一つ行政不服審査法について勉強していきます。
行政不服審査法の1回目の今回は、行政不服審査法の概要について①目的、②種類、③異議申立てと審査請求の関係――を解説します。
行政不服申立てとは、行政庁の処分または不作為に関する私人の不服の申立てに対し、行政庁が審査し、解決するための制度をいい、それについてのルールが行政不服審査法です。
なお、行政不服申立てと行政事件訴訟では、共通する制度があります。勉強するに当たっては、できる限りサポートしますので、共通点と相違点を意識しながら勉強していってください。
まず、行政不服申立てのメリットは主に3つです。
①書面審理なので簡易迅速な救済が得られる。
②行政処分が違法か否かのみならず、行政裁量の行使が不当ではないかについても審理できる
(裁判所では、適法・違法の審査のみ)。
③行政機関の専門的知識を活用することができる。
一方、デメリットも3つ上げてみましょう。
①行政側が審理・裁断を行うため、中立性が損なわれる可能性がある。
②簡易迅速な救済であるため、慎重さの欠如につながる可能性がある。
③裁判のように偽証すれば偽証罪による制裁がされるというような供述の真実性に対する担保がない。
Ⅰ.目的
次に、行政不服審査法の目的は第1条第1項に規定されています。
第1条(この法律の趣旨)
1 この法律は、行政庁の違法または不当な処分その他の公権力の行使に当たる行為※1に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによって、簡易迅速な手続による※2国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保すること※3を目的とする。
まず、※1を見てください。
行政不服申立ての対象は、違法な行政活動だけでなく、不当な行政活動も含まれます。これは、行政活動をする権限がある行政庁自身が審査の主体であることから導かれるものです。司法裁判所は、法を扱うことしかできないので行政裁量に関する部分の審査についてはその権限に含まれません。つまり、司法裁判所は違法な行政活動に対する是正しか行えませんが、行政庁なら不当な行政活動の是正も可能なところに注目してください。
次に、対象になる行政活動は、処分その他の公権力の行使に当たる行為です。処分とは、行政行為とほぼ同義です。その他の公権力の行使に当たる行為とは、権力的な行為、つまり、一方的に国民の権利義務を変動させたり、重大な影響を及ぼしたりする行為です。
例えば、強制的な行政調査や行政上の強制手段を思い浮かべてください。
結局、行政不服申立ての対象は、国民に及ぶ不利益が大きい公権力の行使ということになります。
なお、第2条では、公権力の行使に当たる事実上の行為で、人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するものとされています。例として、人の収容の場合、出入国管理及び難民認定法52条5項の不法入国者を強制退去させる前に収容する場合、物の留置の場合、関税法86条1項の旅客等の携帯品の留置――が挙げられます。
次に※2の迅速な手続についてですが、これは特に行政事件訴訟と違う点です。行政事件訴訟によるよりも、簡単な手続きで素早く、柔軟な処理が行えます。また、不当な行政行為も不服申立ての対象となるのですから、行政事件訴訟によるよりも広く国民の救済に役立つとも言えます。
以上のことから、行政不服申立ては行政事件訴訟より勝るのかと言えば、そうとも言えません。判断の公平さでは、行政事件訴訟に軍配が上がります。
そこで、行政争訟の制度は、行政不服申立てと行政事件訴訟の二本立てになっています。
行政不服申立ての結果、下された裁決が公平さを欠く、誤りであると考えた国民には、中立な機関による慎重な審理が行われることを期待して行政事件訴訟を起こすことが可能です。
つまり、行政不服申立てと行政事件訴訟とは、どちらにもメリット・デメリットあり、甲乙つけられないので、どちらを選択するかは国民の自由である(両方でもよい)という、自由選択主義が採られています。
最後に※3は行政不服申立制度の目的です。国民の権利利益の救済にあるというだけでなく、行政の適正な運営を確保することも目的に含まれます。
Ⅱ.種類
行政不服申立てには、
①異議申立て
②審査請求
③再審査請求――の3種類があります。
①の異議申立てとは、行政庁の処分または不作為につき、当該処分庁または不作為庁に対して行う不服申立てを指します。
各省大臣の処分または不作為に対して各省大臣に不服申立てをするとする場合を、具体例として見てみましょう。
経済産業大臣に対して原子炉設置許可申請の認可申請が不許可になった点について不服があるとか、許可する・しないの応答がない場合に、経済産業大臣あてに異議申立てをする――などが、異議申し立てです。
一方、②の審査請求は、行政の処分庁や不作為庁以外の行政庁に対して行う不服申立てです。処分庁など自身による不服の審査では、中立性の問題がありますから、不服申立てをそれ以外の機関に託すものです。
なお、それ以外の機関と言えば、上級庁・監督庁が思い浮かびますが、実際には第三者的立場にある行政庁に対して行う場合もあります。
③の再審査請求とは、行政庁の処分について審査請求の裁決を経たのち、さらにこの裁決に対して不服がある場合に行う審査請求のことで、再審査請求は次の2つの場合にのみ、行うことができます。
a法律等に定めがあるとき(8条1項1号)
b原権限庁が権限を委任したとき(8条1項2号)
aの法律等に定めがあるときとは、法律や条例に再審査請求をすることができる旨の定めがあるときです。審査請求の裁決になお不服があれば、重ねて行政庁の不服申立てをするよりも、裁判所に救済を求める方が適切との考えからです。
bの原権限庁が権限を委任したときとは、審査請求をすることができる処分について、その処分をする権限を有する行政庁(原権限庁)が、権限を他に委任した場合に、委任を受けた行政庁がその委任に基づいてした処分について、原権限庁が審査庁として裁決をする場合です。
この場合、原権限庁が自ら当該処分をしたものとし、審査請求をする審査庁に対して再審査請求をします。また、再審査請求ができる場合、原権限庁が権限を委任するとすると同様の問題が生じかねないので、本来であれば再審査請求をすることが可能である行政庁に再再審査請求することができます。
Ⅲ.異議申立てと審査請求の関係
異議申し立てに対して不服があるときに、さらに審査請求できる場合があります。法律に根拠がある場合に限られるのですが、審査請求の対象は原処分に対してです。つまり、法律に根拠がある場合には、異議申立てと審査請求の両方ができるということです。なんだか、混乱してきそうなので、異議申立てと審査請求の関係をここでもう一度まとめてみたいと思います。
まず、原則としては、ある処分に対する不服申立ては、異議申し立てと審査請求のどちらか一方によるという相互独立主義が採られています。
さらに、いずれを選択するかについては、①処分を対象とする場合と②不作為を対象とする場合――で異なります。
①の処分を対象とする場合は、審査請求をするのが原則です。これは、公平・中立性が重んじられているからです。なお、審査請求を担当するのは原則として直近の上級行政庁です(上図参照)。不服の対象になる処分について専門知識があり、審査は処分庁に対する監督にも当たるからです。
上級行政庁がない場合は、例外として異議申立てを行うことになっていますが、法律に審査請求のできる旨の定めがあるときは、当該法律・条令で定める行政庁に対して審査請求を行います。
例外的に異議申立てによるべき場合は、
a上級行政庁がない場合(6条1号)
b処分庁が主任の大臣、宮内庁長官、外局もしくはこれに置かれる庁の場合(6条2号)
c法律で異議申立てによることができるとされている場合(6条3号)――です。
bの主任の大臣、宮内庁長官は、処分庁の職務上の独立性を尊重したものです。また、外局には、公正取引委員会、国家公安委員会、中央労働委員会、文化庁、金融庁、国税庁――など多数の例がありますが、いずれも専門性が高く、その外局の判断を尊重することが望ましいと考えられます。
cの法律で異議申立てができるとされている場合に当たるかどうかは、法律に定めがあるかないか――ということですからはっきりしています。ただし、原則として異議申立てについての決定を経てからでなければ、審査請求をすることはできません。これを異議申立前置主義と言います。これにも次の例外があります。
ア 処分庁が当該処分につき異議申立てをする旨を教示しなかったとき
イ 当該処分につき異議申立てをした日の翌日から起算して3カ月を経過しても、処分庁が決定しないとき
ウ その他異議申立てについての決定を経ないことにつき正当な理由があるとき
一方、②の不作為についての不服申立ては、異議申立てと直近上級行政庁に対する審査請求のどちらを選択してもかまいわないという自由選択主義が採られています。不作為とは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分またはその他の公権力の行使に当たる行為をすべきなのに、しないことです。
不作為についての不服申立ては、事務処理の促進を目的とするので、不作為庁に対する異議申立ても合理的な救済方法であると考えられるからです。
例外は、不作為庁が主任の大臣、宮内庁長官、外局もしくはこれに置かれる庁の場合――です。
この場合は、処分庁の独立性を尊重し、異議申立てのみを行えることができることになっています。
行政不服審査法~不服申立ての要件と審理手続き
行政不服審査法2回目の今回は、①不服申立ての要件と②不服申立ての審理手続き――です。
Ⅰ.不服申立ての要件
行政処分や不作為のついての不服申立ての要件は次の5つです。
①不服申立ての対象となる処分・不作為が存在すること
②不服申立ての方式に従うこと
③不服申立適格(当事者能力・当事者適格)を有すること
④不服申立期間内であること
⑤権限ある不服申立庁になされること
1.対象となる処分の存在
①の対象となる処分の存在については、他の法律または行政不服審査法で適用除外に当たるとされていないことが必要です。このため、処分されそうだから、差し止めてもらいたいというような不服申立ては受け付けてもらえません。
このほか適用除外に当たるものが、行政不服審査法4条1項但し書に1~11号までに定められているもので、次の3つのグループに分けることができます。
a当該処分が、通常の行政庁と性格を異にする機関において独自の手続きまたは慎重な手続きで行われたものであるために、不服申立てを認めることが不適当であり、仮に不服申立てを認めても結局は同じ結果になると予想されるもの(1~4号)
b各法律により、審査法におけるものよりも慎重な手続きによることとされるもの(5~7号)
c処分の性質上、処分庁の高度の専門技術的・政策的な判断に基づく処分であるために、本法による不服申立てを求めるのが適当でないもの(8~11号)
ただし、適用除外事項でも、その処分の性質に応じて特別の不服申立てが認められるべき場合は、別に法律で当該処分の性質に応じた不服申立ての制度を設けることは可能です(4条2項)。
なお、不作為については、すでにお話ししたように申請を経ない場合には不服申立てはできません。
2.不服申立ての方式
次に②不服申立ての方式に関する要件として、書面(不服申立書)を提出して行う書面提出主義を採用しています(9条1項)。
この趣旨は、不服を書面に記させることで、論点を明確にしたり、手続きを慎重にしたりすることができるからです。不服申立書の提出は、異議申立ての場合を除き、正副2通の提出が必要です。異議申立ては、処分庁自らが審理するので1通で足ります。また、提出は通常郵送で行うことができます。
なお、判例では、提出されたある書面が行政上の不服申立ての趣旨があるのか、単なる陳述書(不服をまとめて述べただけのもの)なのかが明らかでない場合は、当事者の意思を解釈して決めるべきで、書面で申立てられた事項の内容に関わるものではないとされています。
3.不服申立適格
ところで、行政処分や不作為について不服のある人は誰でも、不服申立てを行えるのでしょうか?
主観的要件として、③では、不服申立てをできる資格についての要件を求めています。不服申立ての制度がおよそできるかどうかという一般的な資格(当事者能力)を、民事訴訟、行政事件訴訟と同じく、
a自然人
b法人
c代表者の定めがある法人格がない社団――に認めています(10条)。
さらに、不服を申立てるには、処分や不作為ごとに当事者として争訟を追行することができる、当事者適格も認められる必要があります。当事者適格を認められる者とは、単に不服があるというだけではなく、違法または不当な行政処分によって、直接に自己の権利または利益を侵害された者のことです。
ここで、不服申立適格に関する判例を一つ紹介します。
☆主婦連ジュース訴訟(最判昭53.3.14)
景表法の規定により一般消費者が受ける利益は、同法の目的である公益の保護の結果として生ずる反射的な利益であって、単に一般消費者であるだけでは、景表法10条6項による不服申立てをする法律上の利益があるとはいえない。
4.不服申立期間
次に客観的要件である④不服申立期間についてお話しします。行政不服審査法では、行政を巡る法律関係を早期に安定させるために、不服申立てができる期間を定めています。
処分についての不服申立ては原則として、処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内にしなければなりません。これを主観的不服申立期間と言います。
また、審査請求を経たうえで行う再審査請求や、異議申立てを経たうえで行う審査請求については、裁決または決定のあったことを知った日の翌日から起算して30日以内にしなければなりません。
ただし、天災などのやむを得ない事由があるときは、期間経過後でも不服申立てを行えます。
処分があったことを知らない場合は、処分があった日の翌日から起算して1年以内なら提起できます。これは客観的不服申立期間と言います。
ただし、正当な理由があるときは1年経過後でも不服申立てできます。
なお、以上の期間制限は、処分に対する不服申立てに対するものです。不作為に対する不服申立ては、不作為が継続している限りいつでも不服申立てすることが可能です。
補足として、行政書士試験対策として、行政不服審査法と行政事件争訟法の提起できる期間の違いを比較して、しっかり把握しておきたいと思うので、下表にまとめます。行政事件訴訟法を学んだあとでも構いませんので、しっかり覚えておいてください。
5.不服申立庁
不服申立てを受け付ける行政庁は、審査請求か異議申立てかにより異なります。異議申立てなら、処分庁または不作為庁に対して申立てます(6・7条)。
一方、審査請求は、処分庁または不作為庁以外、具体的には、原則として直近上級庁です。上級行政庁とは、当該行政事務に関して処分を指揮監督する権限のある行政庁のことで、直近とは、二重三重の上級行政庁がある場合、処分行政庁にいちばん近い上級行政庁のことです。
審査請求を受け付ける行政庁についての例外が、法律または条令に定めがある場合です。上級行政庁がない場合も適用します。
なお、再審査請求ですが、これはもともと法律または条令に根拠がなければ請求できません。そこで、受け付ける行政庁も法律または条令に定められていると言えます。行政不服審査法にも、処分権限の委任があった場合に認められる再審査請求について、審査を受ける行政庁を定めています(8条2項、3項)。
Ⅱ.不服申立ての審理手続き
行政不服申立てをした後は、審査が開始されます。すでにお話しした審査請求書の提出を受けた行政庁は、要件審理に入ります。要件に不備があれば補正命令を出すか、却下という扱いをします。
要件に不備がなかったり、必要な補正が行われたら、不服に理由があるかについての本案の審理に入ります。審理の原則は、書面審理主義が採られ、当事者の意見陳述や証拠調べは書面で行われます(25条1項)。
申立人が口頭で意見を述べる機会が保障されるのは、審理請求人または参加人の申立てがあったときに限られます。行政事件訴訟では審理は口頭で行われることが原則であるのとの違いがここにもあります。
1.書面審理主義
口頭による事実の主張や証拠の提出は、時間がかかるし、記録の手間も必要です。供述の聞き違いなどがあるかもしれません。そこで、行政不服申立ては、書面審理主義が採用されています。書面による資料は確実で安定しているし、審理が簡易かつ迅速に行えるというのが、その理由です。
しかし、書面から得られる情報は、間接的な印象で真相の把握には十分でなかったり、真実が正確に書面に記載されていない場合もあります。また、疑問がある場合にその場で質問したり、発言者に誤解があるときにアドバイスするなどの臨機応変な対応ができません。
そこで、書面審理による欠点を補うために、審査請求人または参加人には口頭で意見を述べる機会が与えられています(25条1項但し書、48条、52条2項、56条)。
2.職権主義
また、行政不服申立ては、行政の自己統制の一環であるので、審理は職権主義が採られています。司法審理に比べ手続きの簡易迅速化が強く要求されるのも理由の一つです。
職権主義の内容は次の4つです。
①適当と認める者に参考人として知っている事実を陳述させ、また、鑑定を求めることができる(27条、48条、52条2項、56条)
②書類その他の物件の所持人に対し、提出を求め、それを留め置くこともできる(28条、48条、52条2項、56条)
③必要な場所につき検証をすることができる(29条1項、48条、52条2項、56条)
④不服申立人または参考人を審問することができる(30条、48条、52条2項、56条)
つまり、審査庁が判断に必要と考えられる資料を自分の判断で集めることができるわけです。この結果、迅速に必要な資料を収集し、審理の効率を高めて審査そのものを迅速に行うことができるのです。
審理の資料には、証拠のほかに事実も含まれます。
判例では、事実の主張についても職権探知=不服申立人が主張しない事実についても職権で取り上げることが認められるとしています。後の行政事件訴訟法で取り上げますが、行政事件訴訟では職権証拠調べは認められるものの職権探知は認められていないので、違いとして覚えておきましょう。
さらに、審査に当たり、審査庁は処分庁に弁明書の提出を求めることができます(22条)。不服申立てがあった場合、申立書に不服の内容が書かれているはずですが、この内容は不服申立人にとって都合の良いことばかり述べられていないとも限りません。これでは、処分の当不当、適法違法の判断が正確にできませんので、反対の意見、つまり処分庁の弁明を参考にして、十分な審理を行うためのものです。
これに対して審査請求人には、弁明書に対する反論書の提出が認められています(23条)。不服申立人に、弁明書に対するさらなる不服を述べさせる機会が必要だからです。一般的に紛争が起きた場合、相手の出方を見て後から対応を決めた方が有利ということがあります。この場合でいえば、不服申立てに対して弁明書を提出する処分庁の方が言いたいことが言えて有利に審理が進んでしまうおそれがあるのです。それでは、不公平なので、不服申立人に反論書の提出を認めているのです。
なお、裁決に至るまでどのくらいの期間がかけられるかですが、一般法で定められているわけではなく個別的な定めしかありません。
例えば、自作農創設特別措置法には20日との定めがあります。しかも、この定めも訓示規定にすぎないので、期間経過後になされた裁決であっても効力が認められるとの判例があります。
審査請求における審理の進行を下図にまとめますので、確認してください。
前回、行政不服申立ての審理手続きなどを勉強しましたが、ある処分が不服申立ての対象になった場合、その処分はそのまま執行されるのでしょうか?
例えば、建物撤去の処分が違法であると審理中に、建物の強制取り壊しが進んでしまったのでは、判断がなされたころには、建物はとっくに撤去済みということが考えられます。これでは、処分の効力を争った意味がないばかりか、不服申立てされたから急いで撤去してしまうということにもつながりかねません。
そこで、今回は、そのあたりをしっかり確認したいと考えています。まず、①執行停止制度、②裁決・決定の種類、③教示制度――と解説します。
Ⅰ.執行停止制度
さて、先ほどの建物撤去の話に戻ります。先ほどの例を見ると、不服申立てがあった場合、処分の執行が停止されるだろう……と思われた方が多いと思うのですが、皆さんはどうでしたか?
実は、行政不服審査法では、執行は停止されないのが原則なのです。第34条に次のように規定されています。
第34条(執行停止)
審査請求は、処分の効力、処分の執行又は手続きの続行を妨げない。
条文のとおり、審査請求を含め、行政不服申立てをしたとしても、処分はそのまま執行されることになります。これを執行不停止の原則と言います。
不服申立てを提起することで常に執行が停止されるとなると、理由がなくても取りあえず不服申立てをすれば、時間稼ぎができると考えて、行政活動を妨害する手段とするなどの不服申立ての濫用が頻発するおそれがあります。そこで、行政の円滑な運営と公益を確保するためには、執行不停止の原則が必要と言えるのです。
ただし、先ほどの例のように、執行が常に停止しないとすると困ったことになることもあります。そこで、必要に応じて条件を満たした場合には、例外的に執行の停止を認めることになっています。
では、審査請求における執行停止が認められる場合を見ていきましょう。
まず、①審査庁が上級行政庁の場合です。上級行政庁である審査庁は、必要があると認めるとき、審査請求人の申立てまたは職権で執行停止を行うことができます(34条2項)。
この場合の執行停止とは、処分の効力の停止、処分の執行の停止または手続きの続行の全部または一部の停止その他の措置を指します。そして、その他の措置とは、免許の取消しの執行を停止する代わりに、営業停止処分をする――などがその例で、公共の福祉を実現し、同時に権利救済の要請も満たすような柔軟な措置を採ることが可能になっているのです。
その他の措置は審査庁が行政庁である行政不服審査ならではの措置で、行政事件訴訟では認められていません。
次に、②審査庁が上級行政庁以外の行政庁の場合です。この場合は必要があると求める場合には、審査請求人の申立てにより処分庁の意見を聴取したうえで、執行停止をすることができます(34条3項)。もっとも、処分の効力、処分の執行または手続きの続行の全部または一部の停止以外の措置を採ることはできません。
上記以外に、行政庁に執行停止が義務付けられている必要的執行停止が存在します。
まず、積極的要件としては、審査請求人の申立てがあった場合に、処分や処分の執行または手続きの続行により重大な損害を避けるために緊急の必要がある場合には、審査庁に、原則として執行停止をする義務が発生します(34条4項)。
執行停止をする義務を負う場合の損害の重大性の判断には、損害の回復の困難さの程度が考慮されます(34条5項)。
一方、消極的要件である
①公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき
②処分の執行もしくは手続の続行ができなくなるおそれがあるとき
③本案について理由がないと見えるとき――は、執行停止をする義務は生じません(34条4項但し書)。
しかし、執行停止義務が生じないだけであり、執行停止をしてはならないというわけではありません。
また、いったん執行が停止されても、執行の停止が取り消されることもあります。執行の停止により公共の福祉に重大な影響が生じるとか、または、処分の執行・手続の続行が不可能になることが明らかであるとか、その他事情が変更したときとされています(35条)。
義務的執行停止の場合の例外で執行停止の義務が発生しない場合と条件が一部共通しますので、注意してください。
最後に審査請求人が死亡した場合の地位の承継と、特定の権利が譲渡された場合の地位の承継についてお話ししましょう。
まず、自然人である審査請求人が死亡した場合、原則として相続人が審査請求人の地位を包括継承します。また、審査請求人たる法人等に合併があった場合、合併後存続したり、合併により設立された法人等が審査請求人の地位を包括承継します。
審査請求の目的である処分にかかる権利の承継について分割があったときは、当然ですが、審査請求の目的である処分にかかる権利を承継した法人等が、審査請求の地位を継承します。
また、特定の権利が譲渡された場合、譲渡人は審査請求に関心がなくなるのに対し、譲受人は審査請求手続きに参加人として参加するしかないとなると、手続き保障に欠ける状態に置かれます。そこで、審査請求の目的である処分にかかる権利の譲受人は、審査庁の許可を得て審査請求人の地位を特定承継することができます(37条6項)。
特定承継の場合に、審査庁の許可が必要なのは、承継関係に争いが生じる可能性があるので、許可を通じて明確にするためです。これに対して包括承継の場合、原則として審査請求人としての権利義務も承継するので、審査庁の許可は不要です。
Ⅱ.裁決・決定の種類
1.処分についての措置
行政不服申立ては、不服申立人が申立てを取下げたり(39条、48条、52条、56条)、行政庁の裁決・決定により終了します。審査請求および再審査請求に対する行政庁の判断を裁決と言い(40条、55条)、異議申立てに対する行政庁の判断を決定と言います(47条)。
裁決・決定には、
①認容
②却下
③棄却――の3種類があります。
まず、①認容とは、処分に対する不服申立てに理由がある場合で、さらに
a取消決定・裁決
b撤廃決定・裁決
c変更決定・裁決――の3種類があります。
aの取消決定・裁決は、事実行為を除く処分の全部または一部の効果を失わせます(40条3項、56条、47条の3項)。
bの撤廃決定・裁決は、事実行為についての不服申立てに理由があるときで、審査請求または再審査請求の場合は、審査庁・再審査庁が処分庁に撤廃を命じて裁決でその旨を宣言し(40条4項、56条)、異議申立ての場合は、処分庁自ら撤廃し、決定でその旨を宣言するものです(47条4項)。
cの変更決定・裁決は、事実行為であるかどうかに関わらず、処分庁が変更することです(40条5項、56条、47条3項・4項)。処分庁が変更するものですが、審査庁や再審査庁が処分庁の上級行政庁であれば、指揮監督権を有しているので裁決で当該処分を変更したり、処分庁に対して当該事実行為を変更すべきと命ずるとともに裁決でその旨を宣言することも可能です(40条5項、56条)。
しかし、不服申立制度が救済手段であることから、不服申立人の不利益に変更することはできません。これを不利益変更禁止の原則と言います。
次に②の却下とは、不服申立てが不適法な場合に、本案審理に入ることなくこれを排斥する裁決・決定を言います(40条1項、56条、47条1項、50条1項、51条1項)。
また、③棄却とは、本案審理を行った結果、不服申立てに理由がないとして、不服申立てを排斥する裁決・決定を言います。特殊なものとして、処分が違法または不当ではあるものの、これを取消しまたは撤廃することで公の利益に著しい障害を生ずる場合に、不服申立てが棄却されることがあります。これを事実裁決・事実決定と言い、処分庁は当該処分が違法または不当であることを宣言しなければなりませんが、処分の効力は維持されます(40条6項、48条、56条)。
2.不作為に対する措置
今まで処分に対する不服申立ての裁決・決定を見てきましたが、不作為に対する裁決・決定が認容された場合には、また異なったルールが妥当します。
まず、異議申立ての場合、不作為庁は異議申立てのあった日の翌日から20日以内に、申請に対する何らかの行為をするか、異議申立人に対して書面で不作為の理由を示さなければなりません(50条2項)。
また、審査請求の場合で審査庁が審査請求を却下しない場合は、審査庁は不作為についての審査請求に理由がなければ裁決で棄却し(51条2項)、理由があるときは当該不作為庁に対して速やかに申請に対する何らかの行為をすべきことを命ずるとともに裁決でその旨を宣言します(51条3項)。
3.裁決・決定の方法
裁決・決定は書面で行い、そう判断した理由を付記し、審査庁(処分庁が行った場合には処分庁)が記名押印しなければなりません(41条1項、48条、52条、56条)。さらに、審査庁が再審査請求をすることができる裁決をする場合には、裁決書に再審査請求ができることや再審査庁・再審査請求期間を記載して、教示しなければなりません(41条2項)(教示については次回解説します)。
裁決・決定の効力は、不服申立人に送達することで発生します(42条1項、48条、52条、56条)。裁決書の謄本の送付ができないときは、公示送達の方法が採られます。
また、裁決・決定の持つ効力は、裁決・決定が行政行為の一種であり、無効と認められる場合を除き、一般の行政行為と同様、①公定力、②自力執行力、③不可争力――などを有するとともに、争訟の裁断行為の特性としての下記のような効力もあります。
Ⅲ.教示制度
教示とは、処分庁が処分の相手に対して、不服申立てに関する事項を教え示す制度のことで、
①必要的教示(57条1項)
②請求による教示(57条2項)――の2つがあります。
①の必要的教示とは、書面で教示する義務が発生する場合です。この義務は、処分を書面でして、かつその処分が不服申立てをすることができるものであるときに発生します。つまり、不服申立てができない処分をするときは、教示の必要がないことになります。
原則的な教示事項は以下の3つです(57条1項)。
a不服申立てができる旨
b不服申立てをすべき行政庁
c不服申立てをすることができる期間
次に、②請求による教示です。必要的教示が必要ない処分であっても、利害関係人から教示を求められたときは、行政庁には、求められた事項を教示する義務が発生します。
求められ得る事項とは、
a不服申立ての可否
b申立てが可能な場合不服申立てをすべき行政庁
c期間――の3つです。
また、この場合に教示を求めたものが書面による教示を求めれば、書面による教示が必要です(57条2項、3項)。
ただし、地方公共団体その他の公共団体に対する処分については、いずれの教示も必要ありません(57条4項)。その理由は、教示制度は広く国民に不服申立てさせる制度ですし、教示の可否、相手、期間は公務を担当する者として、地方公共団体などなら当然知っているか、知らなくても調べられるからです。
ところで、教示をしたものの間違った教示がされる場合もあり得ます。教示された期間内に不服申立ての手続きをとったのに、教示が間違っていて不服申立期間が過ぎてしまっていたという場合です。この場合に、「残念でした。もう遅いです」では、ひどすぎますよね! そこで、そのような場合などには、救済する措置があります。
まず、①処分庁が57条の規定による教示をしなかったときは、当該処分について不服がある者は、当該処分庁に不服申立書を提出することができます(58条1項)。不服をどこへ持っていけば分からなかったら処分庁へということです。
そして、その処分が異議申立てなど処分庁が不服を受け付けるべきものであった場合は、不服申立書が提出されたときに異議申立てなどがあったこととなります。処分が審査請求できるときは、処分庁は速やかに当該不服申立書の正本を審査庁に送付しなければなりません(58条3項)。その上で、不服申立書の提出の時から、当該審査庁に審査請求がされたものと見なされます。
次に②の誤った教示がされた場合についてお話しします。
まず、a不服申立てができない処分について不服申立てができると教示をした場合をお話しします。さすがに、不服申立てが可能になるというわけにはいきませんが、教示を信頼した人が不服申立ての手続きを踏んだために出訴期間を経過して、取消訴訟出訴の途が閉ざされることのないよう、当該処分に関する取消訴訟の出訴期間が、原則として却下裁決があったことを知った日から6カ月以内または当該裁決の日から1年以内に提起しなければならないこととされています。この法的根拠は行政事件訴訟法なので注意してください。
次に、b不服申立ての相手として誤った行政庁を教示した場合で、教示された行政庁は速やかに審査請求書の正本および副本を権限を有する処分庁または審査庁に送付して、その旨を不服申立人に通知します。これで、正しい審査庁で不服の審査がされますが、この場合権限がある行政庁に初めから不服申立てされたものと見なされます。その理由は、権限がある行政庁に送付するなどの手続きをしているうちに、審査請求できる期間が過ぎてしまうのを防ぐためです。
上記のように誤った教示がされた場合には、なるべく不服を申し出た者に不利益がないように配慮されたものです。
さらに、c不服申立期間を誤って長く教示した場合には、教示された期間内に不服申立てすれば、法定期間内になされたものと見なされます(19条、48条)。
また、d処分庁が異議申立てが可能なことを教示しなかった場合は、直ちに審査請求できることになっています(20条但し書)。この2つは、誤った内容を正しいことにするということです。
3回にわたって解説してきた行政不服審査法ですが、それらをまとめて一覧にしましたので、覚える参考にしてください。