第八章 先取特権
担保物件の一つ先取特権とは、法律で定められた特別の債権を持っている人が、法律の規定に従って、債務者の財産から他の債権者より先に支払ってもらえる権利です。今回は先取特権の意義や種類、効力を詳しく解説します。
Ⅰ.債権者平等原則と優先弁済的効力
債務者に対して債権者が複数いて、債務者の総財産が全債権者の債権総額よりも少ない場合は、各債権者はその債権額を比例按分して分けることになっています。このことを債権者平等の原則と言います。
これに対して、先取特権(さきどりとっけん)の制度は、法律が一般の債権と比較して特に保護すべき債権の種類を指定して、優先的に弁済を受けられる特権を与えた制度です。
特定の債権を保護する先取特権のこのような効力を優先弁済的効力と言います。
先取特権は、法律の定める特別な債権を有する人が、債務者の財産から法律上当然に優先弁済を受ける権利です。
例えば、MさんはX社の社員で、Mさんに対して未払いの給料があるのにX社が倒産してしまった場合、その破産手続きにおいて、X社は債権額に応じた按分比例ではなく、他の債権者に優先してMさんに弁済(未払い給与の支払い)しなければなりません。
民法がこうした先取特権を認めるのは、Mさんの債権を特別に保護しようとしているからで、社会政策的考慮として先取特権を認めたものです。
Ⅱ.先取特権の種類
では、先取特権にはどんな種類があるのか見ていきましょう。
先取特権は目的が何であるかによって大きく
①債務者の総財産を責任財産とする一般先取特権
②債務者の特定の財産を目的とする特別先取特権――に二分され、後者はさらに
❶債務者の特定の動産を目的とする動産先取特権
❷債務者の不動産を目的とする不動産先取特権――に分けることができます。
一般先取特権とは、債務者の総財産を目的としています。詳しくは後述します。
動産先取特権とは、債務者の特定の動産を目的とする先取特権のことを言いますが、このうち動産売買先取特権は、目的物を引渡した後に代金の支払いが受けられない売主を保護する制度として特に重要です。
不動産先取特権とは、債務者の特定の不動産を目的とする3種類の先取特権のことで、これらには、対抗要件として登記が必要です。3種類については後述します。
1)一般先取特権
一般先取特権とは、債務者の総財産を責任財産とする先取特権です。
民法では、
①共益費用
②雇用関係
③葬式の費用
④日用品の供給――を原因とする債権を有する人は、債務者の総財産の上に先取特権を有すると規定しています。
①の共益費用債権とは、各債権者の共同の利益のために行われた債務者の財産の減少を維持する行為などにかかった費用のことです。これらの費用は、各債権者の権利行使に不可欠なものなので、誰が支出してもこれを優先して回収させることが公平との考えから認められています。
②の雇用関係から生まれた債権に先取特権を認めたのは、被用者保護の社会政策保護の配慮によるものです。平成15年の改正(平成16年4月1日施行)で、給料だけでなく退職金も含めることが明確にされました。
③の葬式費用債権に先取特権を認めたのは①と同じく公平を趣旨とするものです。
④の債務者またはその扶養すべき同居の親族および家事使用人の生活に必要な最後の6カ月間の日用品の供給によって生じた債権にも先取特権を認めた理由は、間接的に無資力に近い生活を保護しようとする社会政策的配慮によるものです。
2)動産先取特権
債務者の特定の動産を目的とする先取特権を動産先取特権と言います。
民法では、
①不動産賃貸借
②旅店(旅館やホテル)の宿泊
③旅客または荷物の運輸
④動産保存
⑤動産の売買
⑥種苗または肥料の供給
⑦農業の労務
⑧工業の労務――の全部で8種類の債権に先取特権を規定しています。
これらの動産先取特権制度は、売主保護を目的とする動産先取特権以外は、今日では重要性を失ってきています。
3)不動産先取特権
債務者の特定の不動産を目的とする先取特権を不動産先取特権と言います。
①不動産保存
②不動産工事
③不動産売買――の3種類の先取特権が民法に規定されています。
不動産保存では保存行為完了後ただちに、不動産工事では工事を始める前に先取特権を登記することによって、先に登記されている先順位抵当権(後の回で解説)にも優先するものとされています。しかし、不動産売買先取特権には、この優先は認められていません。
Ⅲ.先取特権の効力
先取特権の効力は、何と言っても①優先弁済的効力が中心と言えますが、そのほかに
②物上代位性
③対抗力
④追及力――などが社会生活のさまざまな場面で重要となります。
1)物上代位性
物上代位とは、何らかの理由で目的物が別個の代替物に転じた場合、その目的物に代わる物の上にも効力が及ぶことを認めることです。
例えば、担保物権が設定された建物が火災によって焼失してしまった場合に、その建物の火災保険金の上にも効力が及ぶことです。この物上代位性は、特定の目的物の存在が前提になっていますから、総財産を目的とする一般先取特権には認められませんが、動産先取特権、不動産先取特権には認められています。
先取特権に物上代位性が認められている理由には、2つの説があります。
①担保物権保護の見地から政策的に法で認めたものと考える政策説
②先取特権は目的物の交換価値を把握する権利である以上、権利の性質から当然とする当然説
通説では②の当然説がとられています。物上代位の行使には、その払渡しまたは引渡し前の差押えが必要ですが、差押えが要求される理由は、当然説の観点では、単に目的物の特定のために要求されるものです。
2)対抗力、追及力など
一般先取特権は不動産について登記がなくても一般債権者に対して優先権を主張できます。また、不動産の工事、保存の先取特権は登記することで先順位の抵当権にも優先するなどの一般原則に対する例外が認められています。
また、動産先取特権は動産が第三者に引渡されてしまうと、その目的物に対して先取特権を主張できなくなってしまいます。その場合は、物上代位性に頼ることになります。
Ⅳ.先取特権の順位
1つの財産に複数の先取特権が競合する場合、先取特権相互の優劣を決めて順番に配当していくことが必要になります。
例えば、動産を目的物とする先取特権は、一般先取特権の4種類と動産先取特権の8種類を合わせた12種類なので、その12種類の中で優劣を決めなければなりません。
原則としては、一般先取特権と動産先取特権では、共益費の先取特権を除いて動産の先取特権が優先されます。動産の先取特権間では、当事者の意思の推定に基づくものが第1順位、強い公平の原則に基づくものが第2順位、その他の物が第3順位と規定されています。
第一節 総則
(先取特権の内容)
第三百三条 先取特権者は、この法律その他の法律の規定に従い、その債務者の財産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。
(物上代位)
第三百四条 先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない。
2 債務者が先取特権の目的物につき設定した物権の対価についても、前項と同様とする。
(先取特権の不可分性)
第三百五条 第二百九十六条の規定は、先取特権について準用する。
第二節 先取特権の種類
第一款 一般の先取特権
(一般の先取特権)
第三百六条 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の総財産について先取特権を有する。
一 共益の費用
二 雇用関係
三 葬式の費用
四 日用品の供給
(共益費用の先取特権)
第三百七条 共益の費用の先取特権は、各債権者の共同の利益のためにされた債務者の財産の保存、清算又は配当に関する費用について存在する。
2 前項の費用のうちすべての債権者に有益でなかったものについては、先取特権は、その費用によって利益を受けた債権者に対してのみ存在する。
(雇用関係の先取特権)
第三百八条 雇用関係の先取特権は、給料その他債務者と使用人との間の雇用関係に基づいて生じた債権について存在する。
(葬式費用の先取特権)
第三百九条 葬式の費用の先取特権は、債務者のためにされた葬式の費用のうち相当な額について存在する。
2 前項の先取特権は、債務者がその扶養すべき親族のためにした葬式の費用のうち相当な額についても存在する。
(日用品供給の先取特権)
第三百十条 日用品の供給の先取特権は、債務者又はその扶養すべき同居の親族及びその家事使用人の生活に必要な最後の六箇月間の飲食料品、燃料及び電気の供給について存在する。
第二款 動産の先取特権
(動産の先取特権)
第三百十一条 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する。
一 不動産の賃貸借
二 旅館の宿泊
三 旅客又は荷物の運輸
四 動産の保存
五 動産の売買
六 種苗又は肥料(蚕種又は蚕の飼養に供した桑葉を含む。以下同じ。)の供給
七 農業の労務
八 工業の労務
(不動産賃貸の先取特権)
第三百十二条 不動産の賃貸の先取特権は、その不動産の賃料その他の賃貸借関係から生じた賃借人の債務に関し、賃借人の動産について存在する。
(不動産賃貸の先取特権の目的物の範囲)
第三百十三条 土地の賃貸人の先取特権は、その土地又はその利用のための建物に備え付けられた動産、その土地の利用に供された動産及び賃借人が占有するその土地の果実について存在する。
2 建物の賃貸人の先取特権は、賃借人がその建物に備え付けた動産について存在する。
第三百十四条 賃借権の譲渡又は転貸の場合には、賃貸人の先取特権は、譲受人又は転借人の動産にも及ぶ。譲渡人又は転貸人が受けるべき金銭についても、同様とする。
(不動産賃貸の先取特権の被担保債権の範囲)
第三百十五条 賃借人の財産のすべてを清算する場合には、賃貸人の先取特権は、前期、当期及び次期の賃料その他の債務並びに前期及び当期に生じた損害の賠償債務についてのみ存在する。
第三百十六条 賃貸人は、敷金を受け取っている場合には、その敷金で弁済を受けない債権の部分についてのみ先取特権を有する。
(旅館宿泊の先取特権)
第三百十七条 旅館の宿泊の先取特権は、宿泊客が負担すべき宿泊料及び飲食料に関し、その旅館に在るその宿泊客の手荷物について存在する。
(運輸の先取特権)
第三百十八条 運輸の先取特権は、旅客又は荷物の運送賃及び付随の費用に関し、運送人の占有する荷物について存在する。
(即時取得の規定の準用)
第三百十九条 第百九十二条から第百九十五条までの規定は、第三百十二条から前条までの規定による先取特権について準用する。
(動産保存の先取特権)
第三百二十条 動産の保存の先取特権は、動産の保存のために要した費用又は動産に関する権利の保存、承認若しくは実行のために要した費用に関し、その動産について存在する。
(動産売買の先取特権)
第三百二十一条 動産の売買の先取特権は、動産の代価及びその利息に関し、その動産について存在する。
(種苗又は肥料の供給の先取特権)
第三百二十二条 種苗又は肥料の供給の先取特権は、種苗又は肥料の代価及びその利息に関し、その種苗又は肥料を用いた後一年以内にこれを用いた土地から生じた果実(蚕種又は蚕の飼養に供した桑葉の使用によって生じた物を含む。)について存在する。
(農業労務の先取特権)
第三百二十三条 農業の労務の先取特権は、その労務に従事する者の最後の一年間の賃金に関し、その労務によって生じた果実について存在する。
(工業労務の先取特権)
第三百二十四条 工業の労務の先取特権は、その労務に従事する者の最後の三箇月間の賃金に関し、その労務によって生じた製作物について存在する。
第三款 不動産の先取特権
(不動産の先取特権)
第三百二十五条 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の不動産について先取特権を有する。
一 不動産の保存
二 不動産の工事
三 不動産の売買
(不動産保存の先取特権)
第三百二十六条 不動産の保存の先取特権は、不動産の保存のために要した費用又は不動産に関する権利の保存、承認若しくは実行のために要した費用に関し、その不動産について存在する。
(不動産工事の先取特権)
第三百二十七条 不動産の工事の先取特権は、工事の設計、施工又は監理をする者が債務者の不動産に関してした工事の費用に関し、その不動産について存在する。
2 前項の先取特権は、工事によって生じた不動産の価格の増加が現存する場合に限り、その増価額についてのみ存在する。
(不動産売買の先取特権)
第三百二十八条 不動産の売買の先取特権は、不動産の代価及びその利息に関し、その不動産について存在する。
第三節 先取特権の順位
(一般の先取特権の順位)
第三百二十九条 一般の先取特権が互いに競合する場合には、その優先権の順位は、第三百六条各号に掲げる順序に従う。
2 一般の先取特権と特別の先取特権とが競合する場合には、特別の先取特権は、一般の先取特権に優先する。ただし、共益の費用の先取特権は、その利益を受けたすべての債権者に対して優先する効力を有する。
(動産の先取特権の順位)
第三百三十条 同一の動産について特別の先取特権が互いに競合する場合には、その優先権の順位は、次に掲げる順序に従う。この場合において、第二号に掲げる動産の保存の先取特権について数人の保存者があるときは、後の保存者が前の保存者に優先する。
一 不動産の賃貸、旅館の宿泊及び運輸の先取特権
二 動産の保存の先取特権
三 動産の売買、種苗又は肥料の供給、農業の労務及び工業の労務の先取特権
2 前項の場合において、第一順位の先取特権者は、その債権取得の時において第二順位又は第三順位の先取特権者があることを知っていたときは、これらの者に対して優先権を行使することができない。第一順位の先取特権者のために物を保存した者に対しても、同様とする。
3 果実に関しては、第一の順位は農業の労務に従事する者に、第二の順位は種苗又は肥料の供給者に、第三の順位は土地の賃貸人に属する。
(不動産の先取特権の順位)
第三百三十一条 同一の不動産について特別の先取特権が互いに競合する場合には、その優先権の順位は、第三百二十五条各号に掲げる順序に従う。
2 同一の不動産について売買が順次された場合には、売主相互間における不動産売買の先取特権の優先権の順位は、売買の前後による。
(同一順位の先取特権)
第三百三十二条 同一の目的物について同一順位の先取特権者が数人あるときは、各先取特権者は、その債権額の割合に応じて弁済を受ける。
第四節 先取特権の効力
(先取特権と第三取得者)
第三百三十三条 先取特権は、債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後は、その動産について行使することができない。
(先取特権と動産質権との競合)
第三百三十四条 先取特権と動産質権とが競合する場合には、動産質権者は、第三百三十条の規定による第一順位の先取特権者と同一の権利を有する。
(一般の先取特権の効力)
第三百三十五条 一般の先取特権者は、まず不動産以外の財産から弁済を受け、なお不足があるのでなければ、不動産から弁済を受けることができない。
2 一般の先取特権者は、不動産については、まず特別担保の目的とされていないものから弁済を受けなければならない。
3 一般の先取特権者は、前二項の規定に従って配当に加入することを怠ったときは、その配当加入をしたならば弁済を受けることができた額については、登記をした第三者に対してその先取特権を行使することができない。
4 前三項の規定は、不動産以外の財産の代価に先立って不動産の代価を配当し、又は他の不動産の代価に先立って特別担保の目的である不動産の代価を配当する場合には、適用しない。
(一般の先取特権の対抗力)
第三百三十六条 一般の先取特権は、不動産について登記をしなくても、特別担保を有しない債権者に対抗することができる。ただし、登記をした第三者に対しては、この限りでない。
(不動産保存の先取特権の登記)
第三百三十七条 不動産の保存の先取特権の効力を保存するためには、保存行為が完了した後直ちに登記をしなければならない。
(不動産工事の先取特権の登記)
第三百三十八条 不動産の工事の先取特権の効力を保存するためには、工事を始める前にその費用の予算額を登記しなければならない。この場合において、工事の費用が予算額を超えるときは、先取特権は、その超過額については存在しない。
2 工事によって生じた不動産の増価額は、配当加入の時に、裁判所が選任した鑑定人に評価させなければならない。
(登記をした不動産保存又は不動産工事の先取特権)
第三百三十九条 前二条の規定に従って登記をした先取特権は、抵当権に先立って行使することができる。
(不動産売買の先取特権の登記)
第三百四十条 不動産の売買の先取特権の効力を保存するためには、売買契約と同時に、不動産の代価又はその利息の弁済がされていない旨を登記しなければならない。
(抵当権に関する規定の準用)
第三百四十一条 先取特権の効力については、この節に定めるもののほか、その性質に反しない限り、抵当権に関する規定を準用する。