第十五条
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
今回は人権の中の参政権について解説します。参政権は、政治に参加する権利で、民主主義制度の根幹でもある重要な権利です。民主主義制度における参政権は、主に選挙権と被選挙権を意味しますが、我が国では、どう規定されているのでしょうか?
今回は、大きく①公務員の選定罷免権、②選挙権――の2つに分けて学んでいきましょう。
Ⅰ.公務員の選定罷免権
15条1項は、公務員を選定する権利と罷免する権利は国民固有の権利だ、と言っています。しかし、憲法を最後まで読んでも、国民の選挙による公務員の選定については43条で国会議員を、93条2項で地方公共団体の長・議長を、罷免については79条2項で最高裁判所裁判官に対する国民審査を――以上しか規定していません。
ということは、15条1項の規定は、すべての公務員に対しての選定する権利と罷免する権利を定めたものなのか、それとも違うのか…、これだけでは判断できないことになります。それに、すべての公務員を国民が選び、罷免していたのでは非効率的で現実的ではありません。そこで、15条1項の趣旨は、国民主権の原理を実現するために、公務員の選定と罷免は主権者である国民の意思を反映するものでなければならないことを明らかにしていると理解されています。
つまり、すべての公務員の選定や罷免については、直接あるいは、国民に政治を委ねられた国会や内閣を通じて間接的に、国民の意思を反映するものであれば、それで、必要で十分と言っているのです。
15条2項では、公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではないと規定していますが、公務員は一部の者だけの利益のために活動してはならないという公務員の中立性を明らかにしたものです。
さらに進んで全体の奉仕者であることが公務員の政治活動の自由などの人権を制限する根拠になるかという点に注目すると、戦後初期の判例では全体の奉仕者であることを根拠に、公務員の労働基本権の一律的な制約を合憲としていましたが(最判昭28.4.8)、現在の判例では、少なくとも全体の奉仕者であることのみを根拠に公務員の人権制限が合憲であるという姿勢は取っていません。
Ⅱ.選挙権
選挙権とは、選挙人として選挙に参加することのできる資格または地位のことを言います。選挙権の法的な性質には、
①二元説
②権利一元説――の2つがあります。
二元説は、選挙人は①一面においては選挙を通じて、国政についての自己の意思を主張する機会を与えられ、②他面では選挙人の集まりを構成して公務員の選定という公務に参加する存在で、選挙権は①の面では参政の権利、②の面では公務という義務の執行――とする説です。つまり、選挙権の行使は権利の行使であると同時に義務の遂行であるということで、これが現在の通説です。
一方、権利一元説は、選挙権は国政についての決定権を有する国民が当然に持っている権利で、その行使は権利の行使に尽きる、つまり、義務の遂行という側面はない――とする説です。
両者の具体的な違いは、選挙権に関する制約をどこまで認めるか、という点に表われます。例えば、現行の公職選挙法では、選挙犯罪者について一定期間、選挙権を停止しています。二元説をとれば、選挙権の行使は公務の遂行という側面もあるので、そのために必要な制約が認められ、この公職選挙法による選挙権の制約は合憲と言えます。しかし、権利一元説をとれば、選挙権はあくまで権利であるから内在的な制約しか許されず、公職選挙法による選挙権の制限は必ずしも合憲とは言えないことになります。
また、被選挙権は、選挙人団によって選定されたときに、これを承諾して公務員となる資格のこと、簡単に言えば、立候補する資格のことです。判例では、選挙権と表裏一体の権利ということで15条1項で保障されるとしています(最判昭43.12.4)が、13条の幸福追求権、44条の選挙人資格――を根拠とする説もあります。
さて、近代民主主義国家における選挙の基本原則には、①普通選挙、②平等選挙、③自由選挙、④秘密選挙、⑤直接選挙――の5本柱があります。それぞれについて、1つずつ見ていきましょう。
1)普通選挙
普通選挙とは、広い意味では人種・言語・職業・身分・財産・納税額・宗教・政治的信条・性別――などを選挙権を認める要件としない選挙のことです。狭い意味では、特に財力の有無を選挙権の要件としない選挙のことです。
これとは逆に、人種や言語・財産・納税額・性別などを選挙権の要件にする選挙を制限選挙と言います。
憲法では、15条3項、後に出てくる44条で普通選挙の原則の採用を明示しています。
2)平等選挙
平等選挙とは、選挙人の選挙権に平等の価値を認める選挙のことです。これは、選挙権が与えられる要件が平等であることのほかに、投票の価値の平等、つまり、一票の投票が選挙の結果に及ばす影響が等しいことも意味します。
これとは逆に、選挙人を納税額などを基準に特定の等級に分け、等級ごとに代表者を決める選挙を等級選挙、納税額などを基準に特定の選挙人に複数の選挙権を与える選挙を複数選挙と言います。
憲法では、14条1項、15条1項・3項、4条但書で、選挙権が与えられる要件が平等であることを明示し保障しています。投票価値の平等については明文で規定されていませんが、上記の条文を総合的に考えると投票価値の平等も保障されているというのが判例です。
この投票価値の平等について議論されているのが、議員定数不均衡についてですが、44条で解説することにします。
3)自由選挙
自由選挙とは、①選挙人が自らの意思に基づいて候補者や政党に投票する自由、②候補者やその応援者などが選挙運動を行う自由――の2つを意味します。①については15条4項や19条が根拠、②については21条が根拠となっています。
4)秘密選挙
秘密選挙とは、選挙人がどの候補者・政党に投票したかが第三者には分からない方法で選挙が行われることです。
これとは逆に、投票内容の公開を強制する選挙を公開選挙と言います。
憲法は、15条4項で秘密選挙の原則を採用することを明示していて、これを受けて公職選挙法では、記名投票を無効にするなどの規定がなされています。
ところが、選挙や当選の効力が争われたり、選挙人の買収等の容疑が生じたて刑事責任を追及する場合などに、誰が誰に投票したかを調べる必要が生じることがあります。これは、秘密選挙を規定している憲法に違反しているのではないでしょうか?
判例では、選挙や当選の効力が争われたケースでは、誰が誰に投票したかを調べることは違憲としています(最判昭23.6.1)。一方、選挙犯罪追及のためにある候補者の名が記された投票用紙すべてが捜査機関に差し押さえられた事案では、捜査機関の差押えは被疑者以外の選挙人の投票内容を調査する目的ではなかったし、結果的には被疑者以外の選挙人の指紋は投票用紙の指紋との照合に使われておらず、被疑者以外の選挙人の投票内容が外部に知られるおそれはなかったと言えるから、投票の秘密が侵害される現実的・具体的な危険は生じなかったということを理由に、捜査機関の差押えは違憲でないとしている判例もあります。
5)直接選挙
直接選挙とは、選挙人が直接、議員を選出する選挙のことです。これに対して、すでに選挙されて公職に就いている者が議員を選出することを複選制、選挙人が中間選挙人を選出し、選出された中間選挙人が議員を選出する2段階のステップを踏む選挙制度を間接選挙と言います。アメリカの大統領選挙などがこの例です。
日本の憲法は、直接選挙の原則を採用することを明示していません。
選挙の基本原則5つを見てきましたが、最後に選挙権に関する事件を一つ挙げて、参政権については終わりにしたいと思います。この事件は、海外で生活する日本国民が国政選挙を行えないのは違憲ではないかが問われた事件です。
これには、根底に通信手段の進歩により、昔は実際には行えなかった海外からの投票が、行えることができるようになったことがありますが、その技術の進歩にもかかわらず、法の改正を行わなかったことに対しても責任追及されました。
そして、現在では、海外からの国政選挙の投票は、普通に行えるようになっています。
外国人の地方参政権(最判平7.2.28)
事例
日本で生まれ育ち永住資格を有する外国人A は、憲法上、定住外国人にも地方公共団体に おける選挙権が保障されているとして、選挙 管理委員会に対し、選挙人名簿に登録するよ う求めた (*) が、これを却下された。そこ で、Aは、却下決定の取消しを求めて訴えを 提起した。 (*)選挙人名簿に登録されていない者は、選挙 権を行使することができない。
判例の 見解
①公務員の選定罷免権(15条1項)は、日 本に在留する外国人にも保障されるか。
憲法15条1項は、国民主権の原理に基づ き、公務員の終局的任免権が国民に存するこ とを表明したものにほかならないところ、主 権が「日本国民」に存するものとする憲法前 文及び1条の規定に照らせば、憲法の国民主 権の原理における国民とは、日本国民すなわ ち我が国の国籍を有する者を意味することは 明らかである。そうとすれば、公務員を選定 罷免する権利を保障した憲法15条1項の規 定は、権利の性質上日本国民のみをその対象 とし、右規定による権利の保障は、我が国に 在留する外国人には及ばない。 ②住民の地方参政権(憲法93条2項)は、 日本に在留する外国人にも保障されるか。
国民主権の原理及びこれに基づく憲法15 条1項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が 我が国の統治機構の不可欠の要素を成すもの であることをも併せ考えると、憲法93条2 項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域 内に住所を有する日本国民を意味するものと 解するのが相当であり、右規定は、我が国に 在留する外国人に対して、地方公共団体の 長、その議会の議員等の選挙の権利を保障し たものということはできない。 ③法律で、日本に在留する外国人に地方参 政権を与えることは、憲法上禁止されてい るか。
我が国に在留する外国人のうちでも永住者 等であってその居住する区域の地方公共団体 と特段に緊密な関係を持つに至ったと認めら れるものについて、その意思を日常生活に密 接な関連を有する地方公共団体の公共的事務 の処理に反映させるべく、法律をもって、地 方公共団体の長、その議会の議員等に対する 選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法 上禁止されているものではない。
判例の POINT
①本判決は、定住外国人の地方参政権に関す るリーディングケースである。 ②本判決は、15条1項の「国民」、93条2 項の「住民」がいずれも「日本国民」のみを 意味することを明らかにした。 ③外国人に選挙権を与えることについては、 禁止説(憲法上禁止されており、法律で与え ることは違憲であるとする説)、要請説(憲 法上与えることが要請されており、与えてい ない現行法は違憲であるとする説)、許容説 (憲法は禁止も要請もしていないから、法律 で与えるか否かは国会の裁量に委ねられてい るとする説)がある。本判決は、許容説を 採っている。
三井美唄労組事件(最大判昭43.12.4)
事例
北海道三井美唄炭坑労働組合は、美唄市議会 議員選挙に際し、組合員Aを統一候補とし、 その選挙運動を推進することとした。ところ が、これに反対する組合員Bが独自の立場で 立候補しようとしたため、組合役員Cは、B に立候補を断念するよう再三に渡り説得を試 みた。しかし、Bがこれを拒絶したため、C は、Bに対し統制違反者として1年間組合員 としての権利を停止すると通告した。
判例の 見解
①労働組合の組合員に対する統制権の根拠 を憲法28条に求めることができるか。
およそ、組織的団体においては、一般に、 その構成員に対し、その目的に即して合理的 な範囲内での統制権を有するのが通例である が、憲法上、団結権を保障されている労働組 合においては、その組合員に対する組合の統 制権は、一般の組織的団体のそれと異なり、 労働組合の団結権を確保するために必要であ り、かつ、合理的な範囲内においては、労働 者の団結権保障の一環として、憲法28条の 精神に由来するものということができる。こ の意味において、憲法28条による労働者の 団結権保障の効果として、労働組合は、その 目的を達成するために必要であり、かつ、合 理的な範囲内において、その組合員に対する 統制権を有する。 ②憲法15条1項は、立候補の自由を保障し ているか。
立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表 裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持 するうえで、きわめて重要である。このよう な見地からいえば、憲法15条1項には、被 選挙権者、特にその立候補の自由につい て、直接には規定していないが、これもま た、同条同項の保障する重要な基本的人権の 1つと解すべきである。 ③労働組合がその方針に反して立候補した 組合員を統制違反者として処分すること は、適法か。
公職選挙における立候補の自由は、憲法 15条1項の趣旨に照らし、基本的人権の一 つとして、憲法の保障する重要な権利である から、これに対する制約は、特に慎重でなけ ればならず、組合の団結を維持するための統 制権の行使に基づく制約であっても、その必 要性と立候補の自由の重要性とを比較衡量し て、その許否を決すべきである。…統一候補 以外の組合員で立候補しようとする者に対 し、組合が所期の目的を達成するために、立 候補を思いとどまるよう、勧告または説得を することは、組合としても、当然なし得ると ころである。しかし、当該組合員に対し、勧 告または説得の域を超え、立候補を取りやめ ることを要求し、これに従わないことを理由 に当該組合員を統制違反者として処分するが ごときは、組合の統制権の限界を超えるもの として、違法といわなければならない。
判例の POINT
①労働組合の統制権とは、労働組合が、その 統一と一体化を図り、団結力を強化する目的 で、組合員である個々の労働者の行動につい て、合理的な範囲内で規制を加える権能をい う。統制権の憲法上の根拠については、21 条1項の結社の自由に求める見解もあるが、 本判決は、28条が保障する団結権にその根 拠を求めている。 ②統制権の限界について、本判決は、統制権 行使の必要性と立候補の自由の重要性とを比 較衡量し、立候補断念の勧告・説得は許され るが、それを超えて統制違反者として処分す ることはできないとしている。 ③立候補の自由が15条1項によって保障さ れた人権であることを明らかにした点も本判 決の重要な意義の1つである。
チェック判例
生産管理においては、企業経営の権能を権利 者の意思を排除して非権利者が行うのであるか ら、違法性は阻却されない (最大判昭 25.11.15)
ユニオン・ショップ協定は、労働者が労働組 合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った 場合に、使用者をして当該労働者との雇用関係を 終了させることにより間接的に労働組合の組織の 拡大強化を図ろうとするものであるが、他方、労 働者には、自らの団結権を行使するため労働組合 を選択する自由があり、また、ユニオン・ショッ プ協定を締結している労働組合(以下「締結組 合」という。)の団結権と同様、同協定を締結し ていない他の労働組合の団結権も等しく尊重され るべきであるから、ユニオン・ショップ協定に よって、労働者に対し、解雇の威嚇の下に特定の 労働組合への加入を強制することは、それが労働 者の組合選択の自由及び他の労働組合の団結権を 侵害する場合には許されない。したがって、ユニ オン・ショップ協定のうち、締結組合以外の他の 労働組合に加入している者及び締結組合から脱退 し又は除名されたが、他の労働組合に加入し又は 新たな労働組合を結成した者について使用者の解 雇義務を定める部分は、民法90条の規定により、 これを無効と解すべきである(最判平1.12.14)
第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
第10回から30回にわたって憲法に規定されている人権について、包括的基本権、自由権、社会権、参政権と見てきましたが、今回はいよいよ最後の受益権です。
受益権とは、国民が自分の利益のために国家の積極的な行為を要求したり,公の施設の利用を請求できる権利で、①請願権、②国家賠償請求権、③裁判を受ける権利、④刑事補償請求権――の4つがあります。今回はそれらを順に見ていくことにします。
Ⅰ.請願権
請願とは、国や地方公共団体の機関に対して、その仕事に対して希望を言うことです。憲法では16条で請願することを保障しています。冒頭に「何人も」と書いてあるのは、未成年者や外国人でも、誰でも請願することができることを表します。また、「平穏に」というのは、暴力や威嚇を行わないで――という意味です。そして、請願権を行使したことで差別的な待遇を受けないことも保障されています。
請願権は、歴史的には民主主義が確立する前の専制君主国家において、民意を専制君主に伝えるための手段として重要でした。民主主義が確立され、国会議員選挙などを通じて民意を国政に反映させるルートが確保されている現代においては、請願権の重要性は薄れてきています。
しかし、民意を表すための一手段として必要なことは明らかで、特に選挙権の制限を受ける未成年や外国人にとっては重要な意味を持つと言えます。
では請願を行うにはどうしたらいいのでしょう? 請願の手続については、請願法や国会法などに規定があります。請願は国会や各議院に対して提出されることが多いのですが、請願が適法に提出された場合は、機関は請願を受理して誠実に処理しなければならないことになっています。
ただし、具体的にどのような処理をし、どのような結論を出すかについては特に規定されていません。
Ⅱ.国家賠償請求権
国家賠償請求権とは、公権力によって違法な行使がなされた場合に、国民が国家に対して損害の賠償を請求する権利のことです。憲法17条には国家賠償請求権の保障を明示しています。明治憲法下では国家無答責の原則といって、国の不法行為についての国家賠償責任を否定していました。そこで、日本国憲法には、国家の賠償責任を明らかにし、国民の権利救済を図る意図がうかがえます。そして、これを具体化した法律として国家賠償法が規定されています。
国家賠償法では、「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずる」と規定し、公務員の負うべき責任を国や公共団体が肩代わりすることを定めています。この目的は、公務員の保護にあるのではなく、本来は公務員個人が責任を負うべきであるものの、その場合、被害者が十分な救済を受けられないケースも予測されるので、被害者保護の意味で、国などが責任を負うことにしているのです。
また、国家賠償法には、公の営造物(道路や河川、公共団体の建築物)などの設置や保存に問題があって、国民が損害を受けた場合も、国や公共団体が損害賠償責任を負うとしています。
さて、ここで一つ判例を見てみましょう。「郵便法違反事件」です。
この事件の概要は、次のとおりです。Xは、Aに対する債権の弁済を得るため、裁判所に対してAの銀行預金の差押命令を申し立てました。同裁判所は、これを認め差押命令を行い、特別送達の方法で銀行宛に命令正本を出しましたが、郵便業務従事者が私書箱に投函したため送達が遅滞しました。一方、その間に差押えを察知したAが預金を引き出してしまったので、Xは債権回収の目的を達することができませんでした。そこで、Xは国に対して損害賠償を求める訴えを提起しました。
判例では、郵便法の規定は憲法17条に反すると決定し、Xは国から損害賠償を受けました。
ある法律の合憲性を争うためのテクニックの一つとして国会がそのような法律(ここで言えば郵便法)を作った行為(立法行為)、あるいは適切な法律を作ることを怠ったこと(立法不作為)が違法であり、それによって損害を受けたとして国家賠償請求訴訟を起こすことがあります。
このような裁判が行われる場合、まず、「国会の立法行為・立法不作為が国家賠償法において違法とされるときはどんな場合か」を考えます。
従来、判例では、国会の立法裁量を重んじて「国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにも関わらず国会があえて当該立法を行うというような、容易に想定し難い」ときでなければ国家賠償法上違法値は評価されない、と判定しました【最判昭60.11.21】。
しかし、最近になって、「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにも関わらず、国会が正当な理由なく長期に渡ってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は不作為行為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものと言うべきである」と判示し、立法不作為の違憲性・違法性を認めています【最判平17.9.14】。
Ⅲ.裁判を受ける権利
裁判を受ける権利は、国民が自己の権利・自由を侵害された場合に、政治権力から独立した公平である司法機関にその救済を求めることができる権利です。具体的に言うと、刑事事件では、裁判所の裁判によらなければ刑罰を科せられない権利を意味します。また、民事・行政事件では、自己の権利、利益が不法に侵害された場合に、裁判所にその救済を求めることができる権利を意味します。これは裏返せば、国が裁判を拒否することを禁止することでもあります。
Ⅳ.刑事補償請求権
刑事裁判は被告人が有罪か無罪かを判断する手続ですから、「被疑者(被告人)を抑留・拘禁したけれども、裁判の結果は無罪だった」ということも当然あり得るわけです。そして、この場合、「結果が無罪だったから、抑留・拘禁は国による違法行為だった」というわけでもありません。しかし、結果が無罪だったということは、抑留・拘禁という重度の人権侵害は不必要なものであったことには違いありません。
そこで、憲法40条は、このような人権侵害に対しては、補償を求めることを認めています。また、抑留・拘禁が違法行為であるが故の損害賠償ではないので、捜査機関の故意や過失、違法性などの要件は必要ありません。
条文の「法律の定めるところにより」という記述を受けて、刑事補償法が制定されています。
憲法40条の刑事補償請求権の要件には次の2つがあります。
①抑留、又は拘禁された
②無罪判決を言い渡された
①には、逮捕・勾留はもちろん、懲役刑や禁錮刑の執行、死刑執行のための留置なども含まれます。②は、刑事訴訟法による無罪判決の決定はもちろん、免訴*1または公訴棄却*2の裁判を受けた場合であっても、仮に免訴や公訴棄却の裁判がなされる原因がなかったならば、無罪判決がなされたという十分な理由がある場合にも、刑事補償がなされます。
*1【免訴】刑事裁判において、公訴権の消滅を理由に有罪・無罪の判断を
せずに裁判を打ち切る事、又は、その旨の判決を裁判所が言い渡す事
を言います。免訴が行われる場合は、①確定判決を経たとき、②犯罪
後の法令により刑が廃止されたとき、③大赦があつたとき、④時効が完
成したとき――です。
*2【公訴棄却】刑事訴訟で、形式的、手続き的な訴訟条件が備わっていな
いために、公訴を無効として排斥する裁判のことです。公訴棄却が行わ
れる場合とは、①起訴状謄本が起訴後2カ月以内に被告人側に送達さ
れなかった場合、②起訴状記載事実に犯罪行為が含まれていない場
合、③公訴が取消された場合、④被告人が死亡した場合、⑤別の裁判
所へ二重起訴されていた場合において決定により、被告人に対して裁
判権が欠如している場合、⑥同一裁判所へ二重起訴されていた場合、
⑦公訴取消後に十分な理由なく再起訴する場合、⑧公訴手続が無効な
場合――です。
第十七条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
郵便法違憲訴訟(最大判平14.9.11)
事例
Aは、Bに対して債権の弁済を求めるため、 BがC銀行に対して有する預金債権につい て、裁判所に申し立てて債権差押命令を得 た。同命令の正本は、C銀行に特別送達され たが、郵便業務従事者のミスで送達が1日遅 れた。そのため、差押えを察知したBが預金 を引き出してしまい、Aは、債権差押えの目 的を達することができなかった。そこで、A は、債権相当額の国家賠償を求める訴えを提 起したが、国の責任を免除・制限する郵便法 68条、73条により請求を棄却されたため、 これらの規定は憲法17条に違反すると主張 した。
判例の 見解
①憲法17条の趣旨 憲法17条は、「何人も、公務員の不法行 為により、損害を受けたときは、法律の定め るところにより、国又は公共団体に、その賠 償を求めることができる。」と規定し、その 保障する国又は公共団体に対し損害賠償を求 める権利については、法律による具体化を予 定している。これは、…国又は公共団体が公 務員の行為による不法行為責任を負うことを 原則とした上、公務員のどのような行為によ りいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立 法府の政策判断にゆだねたものであって、立 法府に無制限の裁量権を付与するといった法 律に対する白紙委任を認めているものではな い。 ②郵便法68条、73条の目的は正当か。
郵便法は、「郵便の役務をなるべく安い料 金で、あまねく、公平に提供することによっ て、公共の福祉を増進すること」を目的とし て制定されたものであり(1条)、68条、73 条が規定する免責又は責任制限もこの目的を 達成するために設けられたものである。…郵 便制度が極めて重要な社会基盤の1つである ことを考慮すると、68条、73条が郵便物に 関する損害賠償の対象及び範囲に限定を加え た目的は、正当なものである。 ③書留郵便物について、郵便業務従事者の 故意又は重大な過失によって損害が生じた 場合に、国の賠償責任を免除・制限するこ とは、憲法17条に違反するか。
書留郵便物は大量であり、限られた人員と 費用の制約の中で処理されなければならない ものであるから、郵便業務従事者の軽過失に よる不法行為に基づく損害の発生は避けるこ とのできない事柄である。したがって、郵便 業務従事者の軽過失による不法行為に基づき 損害が生じたにとどまる場合には、国の損害 賠償責任を免除し、又は制限することは、や むを得ないものであり、憲法17条に違反す るものではない。しかしながら、…郵便業務 従事者の故意又は重大な過失による不法行為 についてまで免責又は責任制限を認める規定 に合理性があるとは認め難い。 したがって、郵便法68条、73条の規定の うち、書留郵便物について、郵便業務従事者 の故意又は重大な過失によって損害が生じた 場合に、不法行為に基づく国の損害賠償責任 を免除し、又は制限している部分は、憲法 17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱 したものであるといわざるを得ず、同条に違 反し、無効である。 ④特別送達郵便物について、郵便業務従事 者の軽過失によって損害が生じた場合に、 国の賠償責任を免除・制限することは、憲 法17条に違反するか。
特別送達郵便物の差出人は送達事務取扱者 である裁判所書記官であり、その適正かつ確 実な送達に直接の利害関係を有する訴訟当事 者等は自らかかわることのできる他の送付の 手段を全く有していないという特殊性があ る。…これら特別送達郵便物の特殊性に照ら すと、郵便法68条、73条に規定する免責又 は責任制限を設けることの根拠である1条に 定める目的自体は前記のとおり正当である が、特別送達郵便物については、郵便業務従 事者の軽過失による不法行為から生じた損害 の賠償責任を肯定したからといって、直ち に、その目的の達成が害されるということは できず、上記各条に規定する免責又は責任制 限に合理性、必要性があるということは困難 であり、そのような免責又は責任制限の規定 を設けたことは、憲法17条が立法府に付与 した裁量の範囲を逸脱したものである。そう すると、郵便法68条、73条の規定のうち、 特別送達郵便物について、郵便業務従事者の 軽過失による不法行為に基づき損害が生じた 場合に、国家賠償法に基づく国の損害賠償責 任を免除し、又は制限している部分は、憲法 17条に違反し、無効である。
判例の POINT
①国家賠償請求権を保障する憲法17条の法 的性格について、かつては、立法府の努力目 標を定めたプログラム規定に過ぎないとする 見解が通説であったが、現在では、立法に よって具体化される抽象的権利を定めたもの とする見解が有力である。本判決も、現在の 有力説にそうものである。 ②本判決は、郵便法68条、73条を違憲とす る法令違憲判決である。ただし、これらの規 定全部を違憲とするのではなく、その一部を 違憲としている。
チェック判例
裁判官が、具体的訴訟事件に法令を適用して 裁判するに当たり、その法令が憲法に適合するか 否かを判断することは、憲法によって裁判官に課 せられた職務と職権であって、このことは最高裁 判所の裁判官であると下級裁判所の裁判官である とを問わない。憲法81条は、最高裁判所が違憲審 査権を有する終審裁判所であることを明らかにし た規定であって、下級裁判所が違憲審査権を有す ることを否定する趣旨をもっているものではな い(最大判昭25.2.1)。
具体的な権利義務ないし法律関係に関する訴 訟であっても、宗教団体内部においてされた懲戒 処分の効力が請求の当否を決する前提問題となっ ており、その効力の有無が当事者間の紛争の本質 的争点をなすとともに、それが宗教上の教義信仰 の内容に深くかかわっているため、右教義信仰の 内容に立ち入ることなくしてその効力の有無を判 断することができず、しかも、その判断が訴訟の 帰すうを左右する必要不可欠のものである場合に は、右訴訟は、その実質において法令の適用によ る終局的解決に適しないものとして、裁判所法3 条にいう「法律上の争訟」に当たらない(最判平 1.9.8)。
法令の適用によって解決するに適さない単な る政治的または経済的問題や技術上または学術上 に関する争いは、裁判所の裁判を受けるべき事柄 ではない。国家試験における合格、不合格の判定 も学問又は技術上の知識、能力、意見等の優劣、 当否の判断を内容とする行為であるから、その試 験実施機関の最終判断に委せられるべきもので あって、その判断の当否を審査し具体的に法令を 適用して、その争いを解決調整できるものとはい えない(最判昭41.2.8)。
当事者においてある法令が憲法に適合しない 旨を主張した場合に、裁判所が有罪判決の理由中 にその法令の適用を挙示したときは、その法令は 憲法に適用するものであるとの判断を示したもの にほかならない(最大判昭23.12.1)。
日米安全保障条約及び日米地位協定が違憲無 効であることが一見極めて明白でない以上、裁判 所としては、これが合憲であることを前提として 駐留軍用地特措法の憲法適合性についての審査を すべきである(最大判平8.8.28)