憲法 82条/103条 司法

第八十二条  裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
2  裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

 

Ⅲ.裁判の公開

82条1項で規定されているのは、裁判公開の原則です。裁判の公平さとそれに対する国民の信頼を確保するというのが基本的な目的ですが、近年では、国民の知る権利の観点からも重要な原則と言えます。
条文中の「対審」とは、裁判官の面前で当時者が口頭でそれぞれの主張を述べる審理手続のことで、具体的には①民事訴訟における口頭弁論手続、②刑事訴訟における公判手続――のことです。
また、「公開」とは、広く国民一般への公開を意味し、具体的には、①裁判を傍聴する自由、②裁判を報道する自由――を意味します。
2項では、裁判公開の例外を定めています。裁判官が全員一致で、公の秩序または善良の風俗を害するおそれがあると決した時には、対審は非公開とすることができます。つまり、判決を非公開とすることはできません。
この例外として、2項の後段に3つの事柄を挙げています。
①政治犯罪
②出版に関する犯罪
③憲法第3章で保障する国民の権利が問題となっている事件
①は、歴史上、特に不公正な裁判がなされる危険性が強いため、②は、表現の自由の重要な手段である出版が不公正な裁判によって萎縮されないよう、例外なく公開とされることになっています。
③は、ちょっと分かりにくい表現ですが、言い換えると、憲法が保障する国民の権利に対して法令が規制をしている場合に、その規制に違反したことが犯罪として起訴された刑事事件のことです。表現の自由に対する規制として名誉棄損罪があったことを覚えていますか? 名誉棄損罪で起訴された刑事事件がこれに該当します。

強制調停違憲決定(最大決昭35.7.6)

事例

Aは、裁判所がAB間で生じた同一家屋の明 渡し及び占有の回収をめぐる紛争に非訟事件 手続法を適用し、非公開かつ決定をもって裁 断したことを不服として、AB間の紛争は民 事訴訟法によって処理すべきであり、裁判所 の裁断は憲法32条及び82条に違反すると主 張した。

判例の 見解

①純然たる訴訟事件を非公開・非対審で審 理し、決定の形式で処理することは、憲法 32条、82条に違反するか。

もし性質上純然たる訴訟事件につき、当事 者の意思いかんに拘わらず終局的に、事実を 確定し当事者の主張する権利義務の存否を確 定するような裁判が、憲法所定の例外の場合 を除き、公開の法廷における対審及び判決に よってなされないとするならば、それは憲法 82条に違反すると共に、32条が基本的人権 として裁判請求権を認めた趣旨をも没却す る。 ②AB間の紛争を調停に代わる裁判 (非公 開・非対審で審理し、裁判所の判断 を決定 の形式で示す裁判。「強制調停」と もい う。)で処理することは、憲法32条、 82条 に違反するか。

本件訴えは、家屋明渡し及び占有回収に関 する純然たる訴訟事件であることは明瞭であ る。しかるに、このような本件訴に対し、調 停に代わる裁判をすることは、憲法82条、 32条に照らし、違憲となる。

判例の POINT

①民事裁判手続には、公開・対審・判決によ る訴訟手続と非公開・非対審・決定による非 訟手続とがあるが、どのような事件をどちら の手続で処理するのか、その振り分けが問題 となる。従来の判例は、事件の性質・種類に 応じて政策的に決定できるとする立場を採っ てきたが、本決定はこれを変更し、「純然た る訴訟事件」は訴訟手続、それ以外は非訟手 続で処理するという立場を明らかにした。 ②本決定は、「純然たる訴訟事件」を当事者 間の権利義務を終局的に確定する事件ととら え、「純然たる訴訟事件」を処理する裁判だ けが32条の裁判を受ける権利を保障され、 82条1項の公開を必要とすると考えてい る。

関連判例

即決裁判手続と裁判を受ける権利(最判平 21.7.14) 即決裁判手続において、事実誤認 を理由とする控 訴を制限することは、裁判 を受ける権利を侵害す るか。

即決裁判手続による判決に対し、犯罪事実の 誤 認を理由とする上訴ができるものとする と、その ような上訴に備えて、必要以上に 証拠調べが行わ れることになりかねず、同 手続の趣旨が損なわれ るおそれがある。他 方、即決裁判手続により審判 するために は、被告人の訴因についての有罪の陳 述 と、同手続によることについての被告人及び 弁 護人の同意とが必要であり、この陳述及 び同意 は、判決の言渡しまではいつでも撤 回することが できる。したがって、即決裁 判手続によること は、被告人の自由意思に よる選択に基づくもので ある。また、被告 人は、手続の過程を通して、即 決裁判手続 に同意するか否かにつき弁護人の助言 を得 る機会が保障されている。加えて、即決裁判 手続による判決では、懲役又は禁錮の実刑を 科す ことができないものとされている。刑 訴法403条の 2第1項は、上記のような即決 裁判手続の制度を 実効あらしめるため、被 告人に対する手続保障と 科刑の制限を前提 に、同手続による判決において 示された罪 となるべき事実の誤認を理由とする控 訴の 申立てを制限しているものと解されるから、 同規定については、相応の合理的な理由があ る。 そうすると、刑訴法403条の2第1項は、 憲法32条 に違反するものでない。 即決裁判 手続とは、争いがなく明白 かつ軽微である と認められた事件について、簡略 な手続に よって証拠調べを行い、原則として即日 判 決を言い渡すなど、簡易かつ迅速に公判の審 理 及び裁判を行う手続である。本件では、 即決裁判 手続において、第1審裁判所が認 定した事実を誤 認であるとして控訴するこ とを制限する刑訴法403 条の2第1項が憲法 32条に違反しないかが問題と なったが、最 高裁は、即決裁判手続を実効的なも のとす るための合理的な規定であるとして、合憲 としている。なお、原告側は、即決裁判手続 は自 白を誘発するとして、38条2項違反も 主張した が、最高裁は、これを否定してい る。

天皇の民事責任(最判平1.11.20) 民事裁判 権は、天皇に及ぶか。

天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象 徴 であることにかんがみ、天皇には民事裁 判権が及 ばない。したがって、訴状におい て天皇を被告と する訴えについては、その 訴状を却下すべきであ る。 本件は、昭和天 皇が重体に陥った際 に、公金で病気の快癒 を願う記帳所を設置した県 の住民が、昭和 天皇は記帳所設置費用相当額を不 当利得し たとして、その相続人である平成天皇を 被 告とする不当利得返還請求訴訟を提起した事 案 である。最高裁は、天皇に民事裁判権が 及ばない ことを初めて明らかにした。な お、天皇の刑事責 任については、摂政や国 事行為の臨時代行がその 在任中訴追されな いことから、天皇も在任中は刑 事責任を負 わないと解されている。そうすると、 現行 の皇室典範は、生前退位を認めていないか ら、天皇は、一生、刑事責任を負わないこと にな る。

裁判員制度の合憲性(最大判平23.11.16) ① 憲法は、国民の司法参加を許しているか。

憲法は、一般的には国民の司法参加を許容し て おり、これを採用する場合には、適正な 刑事裁判 を実現するための諸原則が確保さ れている限り、 陪審制とするか参審制とす るかを含め、その内容 を立法政策に委ねて いる。 ②裁判員制度は、憲法31条、32条、 37条1項、76 条1項、80条1項に違反する か。

裁判員裁判対象事件を取り扱う裁判体は、身 分 保障の下、独立して職権を行使すること が保障さ れた裁判官と、公平性、中立性を 確保できるよう 配慮された手続の下に選任 された裁判員とによっ て構成されるものと されている。また、裁判員の 権限は、裁判 官と共に公判廷で審理に臨み、評議 におい て事実認定、法令の適用及び有罪の場合の 刑の量定について意見を述べ、評決を行うこ とに ある。これら裁判員の関与する判断 は、いずれも 司法作用の内容をなすもので あるが、必ずしもあ らかじめ法律的な知 識、経験を有することが不可 欠な事項であ るとはいえない。さらに、裁判長 は、裁判 員がその職責を十分に果たすことができ る ように配慮しなければならないとされている こ とも考慮すると、上記のような権限を付 与された 裁判員が、様々な視点や感覚を反 映させつつ、裁 判官との協議を通じて良識 ある結論に達すること は、十分期待するこ とができる。他方、憲法が定 める刑事裁判 の諸原則の保障は、裁判官の判断に 委ねら れている。 このような裁判員制度の仕組み を考慮すれば、 公平な「裁判所」における 法と証拠に基づく適正 な裁判が行われるこ と(憲法31条、32条、37条1 項)は制度的 に十分保障されている上、裁判官は 刑事裁 判の基本的な担い手とされているものと認 められ、憲法が定める刑事裁判の諸原則を確 保す る上での支障はないから、憲法31条、 32条、37条 1項、76条1項、80条1項違反 をいう所論は理由 がない。 ③裁判員制度 は、憲法76条3項に違反するか。

憲法が一般的に国民の司法参加を許容してお り、裁判員法が憲法に適合するようにこれを 法制 化したものである以上、裁判員法が規 定する評決 制度の下で、裁判官が時に自ら の意見と異なる結 論に従わざるを得ない場 合があるとしても、それ は憲法に適合する 法律に拘束される結果であるか ら、憲法76 条3項違反との評価を受ける余地はな い。 元来、憲法76条3項は、裁判官の職権行使の 独立性を保障することにより、他からの干渉 や圧 力を受けることなく、裁判が法に基づ き公正中立 に行われることを保障しようと するものである が、裁判員制度の下におい ても、法令の解釈に係 る判断や訴訟手続に 関する判断を裁判官の権限に するなど、裁 判官を裁判の基本的な担い手とし て、法に 基づく公正中立な裁判の実現が図られて お り、こうした点からも、裁判員制度は、同項 の 趣旨に反するものではない。 憲法76条3 項違反をいう見解からは、裁判官の 2倍の 数の国民が加わって裁判体を構成し、多数 決で結論を出す制度の下では、裁判が国民の 感覚 的な判断に支配され、裁判官のみで判 断する場合 と結論が異なってしまう場合が あり、裁判所が果 たすべき被告人の人権保 障の役割を全うできない ことになりかねな いから、そのような構成は憲法 上許容され ないという主張もされている。しか し、そ もそも、国民が参加した場合であっても、 裁判官の多数意見と同じ結論が常に確保され なけ ればならないということであれば、国 民の司法参 加を認める意義の重要な部分が 没却されることに もなりかねず、憲法が国 民の司法参加を許容して いる以上、裁判体 の構成員である裁判官の多数意 見が常に裁 判の結論でなければならないとは解さ れな い。先に述べたとおり、評決の対象が限定さ れている上、評議に当たって裁判長が十分な 説明 を行う旨が定められ、評決について は、単なる多 数決でなく、多数意見の中に 少なくとも1人の裁 判官が加わっているこ とが必要とされていること などを考える と、被告人の権利保護という観点か らの配 慮もされているところであり、裁判官のみ による裁判の場合と結論を異にするおそれが ある ことをもって、憲法上許容されない構 成であると はいえない。したがって、憲法 76条3項違反をい う所論は理由がない。 ④ 裁判員制度は、憲法76条2項に違反するか。

裁判員制度による裁判体は、地方裁判所に属 す るものであり、その第1審判決に対して は、高等 裁判所への控訴及び最高裁判所へ の上告が認めら れており、裁判官と裁判員 によって構成された裁 判体が特別裁判所に 当たらないことは明らかであ る。 ⑤裁判員 制度は、憲法18条後段に違反するか。

裁判員の職務等は、司法権の行使に対する国 民 の参加という点で参政権と同様の権限を 国民に付 与するものであり、これを「苦 役」ということは 必ずしも適切ではない。 また、裁判員法16条は、 国民の負担を過重 にしないという観点から、裁判 員となるこ とを辞退できる者を類型的に規定し、 さら に同条8号及び同号に基づく政令において は、個々人の事情を踏まえて、裁判員の職務 等を 行うことにより自己又は第三者に身体 上、精神上 又は経済上の重大な不利益が生 ずると認めるに足 りる相当な理由がある場 合には辞退を認めるな ど、辞退に関し柔軟 な制度を設けている。加え て、出頭した裁 判員又は裁判員候補者に対する旅 費、日当 等の支給により負担を軽減するための経 済 的措置が講じられている(11条、29条2 項)。 これらの事情を考慮すれば、裁判員 の職務等は、 憲法18条後段が禁ずる「苦 役」に当たらないこと は明らかである。 最 高裁が、裁判員制度が憲法に違反 しないこ とを初めて明らかにした判決である。

法廷メモ採取事件〔レペタ訴訟〕(最大判 平1.3.8)

事例

アメリカ人弁護士レペタは、経済法の研究の 一環として裁判を傍聴する際にメモを取るこ との許可を裁判長に求めた。当該裁判長は、 司法記者クラブに所属する報道機関の記者に はメモを取ることを許可したが、レペタには 許可しなかった。そこで、レペタは、かかる 不許可処分は、憲法14条1項、21条、82条 等に違反するとして国家賠償請求訴訟を提起 した。

判例の 見解

①憲法82条1項は、法廷でメモを取る権利 を保障しているか。

82条1項の趣旨は、裁判を一般に公開し て 裁判が公正に行われることを制度として保 障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確 保しようとすることにある。裁判の公開が制 度として保障されていることに伴い、各人 は、裁判を傍聴することができることとなる が、右規定は、各人が裁判所に対して傍聴す ることを権利として要求できることまでを認 めたものでないことはもとより、傍聴人に対 して法廷においてメモを取ることを権利とし て保障しているものでないことも、いうまで もない。 ②憲法21条1項と筆記行為の自由 筆記行為は、一般的には人の生活活動の一 つであり、生活のさまざまな場面において行 われ、極めて広い範囲に及んでいるから、そ のすべてが憲法の保障する自由に関係するも のということはできないが、さまざまな意 見、知識、情報に接し、これを摂取すること を補助するものとしてなされる限り、筆記行 為の自由は、憲法21条1項の規定の精神に 照らして尊重されるべきである。…裁判の公 開が制度として保障されていることに伴い、 傍聴人は法廷における裁判を見聞することが できるのであるから、傍聴人が法廷において メモを取ることは、その見聞する裁判を認 識、記憶するためになされるものである限 り、尊重に値し、故なく妨げられてはならな い。 ③傍聴人のメモを取る行為を制限する こと は、憲法に違反するか。

公正かつ円滑な訴訟の運営は、傍聴人がメ モを取ることに比べれば、はるかに優越する 法益である。してみれば、メモを取る行為が いささかでも法廷における公正かつ円滑な訴 訟の運営を妨げる場合には、それが制限又は 禁止されるべきことは当然である。しかしな がら、傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円 滑な訴訟の運営を妨げるに至ることは、通常 はあり得ないのであって、特段の事情のない 限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであ り、それが憲法21条1項の規定の精神に合 致する。 ④報道機関の記者にのみメモを取 ることを 許可することは、憲法14条1項に 違反する か。

報道の公共性、ひいては報道のための取材 の自由に対する配慮に基づき、司法記者クラ ブ所属の報道機関の記者に対してのみ法廷に おいてメモを取ることを許可することも、合 理性を欠く措置ということはできない。

判例の POINT

①本判決は、82条の裁判の公開原則を制度 的保障ととらえたうえで、法廷でメモを取る 権利を保障するものではないとしている。 ②本判決は、法廷でメモを取る自由は、21 条1項との関係で尊重に値するとはいってい るが、同条項によって保障されるとはしてい ない。「尊重に値する」と「保障」の違い は、前者の方が規制の合憲性判定基準が緩や かにできることにあるとの理解が有力であ る。

チェック判例

憲法37条1項の「公平な裁判所」の裁判と は、構成その他において偏頗 へん ぱ のおそ れのない裁判 所の裁判という意味である。 かかる裁判所の裁判 である以上個々の事件 において法律の誤解又は事 実の誤認等によ りたまたま被告人に不利益な裁判 がなされ ても本条に触れる違憲の裁判になるとい う ものではない(最大判昭23.5.5)。 □ 憲法 32条の趣旨は、すべて国民は憲法又は法 律 に定められた裁判所においてのみ裁判を受け る 権利を有し、裁判所以外の機関によって 裁判をさ れることはないことを保障したも のであって、訴 訟法で定める管轄権を有す る具体的裁判所におい て裁判を受ける権利 を保障したものではない(最 大判昭 24.3.23)。

夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に関する 義務等は多分に倫理的、道義的な要素を含む とは いえ、法律上の実体的権利義務である ことは否定 できないところであるから、か かる権利義務自体 を終局的に確定するには 公開の法廷における対審 及び判決によって なすべきである。しかし、夫婦 の同居その 他夫婦間の協力扶助に関する処分の審 判 は、夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体 を 確定する趣旨のものではなく、これら実 体的権利 義務の存することを前提として、 例えば夫婦の同 居についていえば、その同 居の時期、場所、態様 等について具体的内 容を定める処分であり、また 必要に応じて これに基づき給付を命ずる処分であ る。…か かる裁判は、本質的に非訟事件の裁判で あって、公開の法廷における対審及び判決に よっ てなすことを要しない(最大決昭 40.6.30)

遺産分割の前提となる相続権、相続財産等前 提事項の存否を審判手続によって決定して も、そ のことは民事訴訟による通常の裁判 を受ける途を 閉すことを意味しないから、 憲法32条、82条に違 反しない(最大判昭 41.3.2)。

民事上の秩序罰としての過料を科する作用 は、国家のいわゆる後見的民事監督の作用で あ り、その実質においては、一種の行政処 分として の性質を有するものであるから、 必ずしも裁判所 がこれを科することを憲法 上の要件とするもので はなく、行政庁がこ れを科することにしても、な んら違憲とす べき理由はない。従って、法律上、 裁判所 がこれを科することにしている場合でも、 過料を科する作用は、もともと純然たる訴訟 事件 としての性質の認められる刑事制裁を 科する作用 とは異なるのであるから、憲法 82条、32条の定め るところにより、公開の 法廷における対審及び判 決によって行なわ れなければならないものではな い(最大決 昭41.12.27)

【司法権の限界】

警察法改正無効事件(最大判昭37.3.7)

事例

大阪府議会が警察法の成立に伴って必要と なった警察費を含む追加予算を可決したとこ ろ、大阪府の住民Aは、警察法は野党議員の 反対で国会が大混乱に陥った中で議事手続を 踏まずに可決されたものであるから無効であ り、これに基づく支出も無効であるとして訴 えを提起した。

判例の 見解

国会の議事手続は、司法審査の対象となる か。

警察法は両院において議決を経たものとさ れ適法な手続によって公布されている以 上、裁判所は両院の自主性を尊重すべく同法 制定の議事手続に関する所論のような事実を 審理してその有効無効を判断すべきでない。

判例の POINT

①本判決は、衆参両院の自主性尊重を理由と してその議事手続が裁判所の司法審査の対象 とならないことを初めて明らかにした判決で ある。 ②学説上、議事手続は議院の自律権に属する 事項であるから、裁判所の司法審査は及ばな いとする見解が通説であり、本判決も基本的 にこれと同じ立場を採っているとみられる。 ただし、通説は、明らかな憲法違反があれ ば、議事手続にも例外的に司法審査が及ぶと している。これに対し、本判決は、議事手続 に関する事実審理そのものを否定しているこ とから、このような例外を一切認めない立場 であると解される。明らかな憲法違反がある かどうかは、事実審理をしてみないと分から ないからである。 ③なぜ裁判所は両院の自主性を尊重しなけれ ばならないのか、本判決は、その理由(議院 の自律権の根拠)を明らかにしていない。こ の点、学説では、議事手続に関する事実関係 が細かく法廷に持ち込まれて争われると権力 相互間のバランスが崩れるとして権力分立の 原理に根拠を求める見解、国会は主権者であ る国民を直接代表する機関であるから、国家 機関内において優越的な地位を有するとする 見解等が主張されている。

村会議員出席停止事件(最大判昭 35.10.19)

事例

村議会議員Aは、議事を混乱させたとの理由 で議会への出席を3日間停止する懲罰を科せ られた。そこで、Aは、当該出席停止処分は 村議会の会議規則に違反するとして、その無効の確認を求めた。

判例の 見解

①地方議会議員に対する出席停止処分は、 司法審査の対象となるか。

一口に法律上の係争といっても、その範囲 は広汎であり、その中には事柄の特質上司法 裁判権の対象の外におくを相当とするものが あるのである。なぜなら、自律的な法規範を もつ社会ないしは団体に在っては、当該規範 の実現を内部規律の問題として自治的措置に 任せ、必ずしも、裁判にまつを適当としない ものがあるからである。本件における出席停 止の如き懲罰はまさにそれに該当する。 ②出席停止処分は司法審査の対象外、除名 処分は対象内とすることは妥当か。

議員の除名処分の如きは、議員の身分の喪 失に関する重大事項で、単なる内部規律の問 題に止らないからであって、本件における議 員の出席停止の如く議員の権利行使の一時的 制限に過ぎないものとは自ら趣を異にしてい るのである。従って、前者を司法裁判権に服 させても、後者については別途に考慮し、こ れを司法裁判権の対象から除き、当該自治団 体の自治的措置に委ねるを適当とするのであ る。

判例の POINT

最高裁は、議員の除名処分が司法審査の対象 となることを既に明らかにしている(最大判 昭35.3.9)。本判決は、議員の身分を奪う除 名処分は議会の内部規律にとどまらない重大 な処分であるから、出席停止と同列に扱うこ とはできないと考えている。

富山大学単位不認定事件(最判昭 52.3.15)
事例

富山大学経済学部の学生Aと専攻科 (*) の 学生Bは、C教官の講義を履修していたが、 Cが成績原簿を偽造した疑いがあることか ら、大学は、Cには講義の停止、AとBには 代替科目を履修するよう指示した。それにも かかわらず、Cは講義を続け、AとBはCの 講義を受講し続け、Cが実施した試験を受験 し、成績評価を受けた。しかし、大学は、か かる成績評価に基づいて単位を授与しなかっ た。そこで、AとBは、単位取得認定の確認 と専攻科修了の認定の確認を求めて訴えを提 起した。 (*)特別の事項に関する研究の指導等を目的と して大学等に設けられる課程。

判例の 見解

①大学内部の紛争と司法審査 大学は、国公立であると私立であるとを問 わず、学生の教育と学術の研究とを目的とす る教育研究施設であって、その設置目的を達 成するために必要な諸事項については、法令 に格別の規定がない場合でも、学則等により これを規定し、実施することのできる自律 的、包括的な権能を有し、一般市民社会とは 異なる特殊な部分社会を形成しているのであ るから、このような特殊な部分社会である大 学における法律上の係争のすべてが当然に裁 判所の司法審査の対象になるものではな く、一般市民法秩序と直接の関係を有しない 内部的な問題は右司法審査の対象から除かれ るべきものである。 ②単位の授与(認定)と司法審査 単位の授与(認定)という行為は、学生が 当該授業科目を履修し試験に合格したことを 確認する教育上の措置であり、卒業の要件を なすものではあるが、当然に一般市民法秩序 と直接の関係を有するものではない。それゆ え、単位授与(認定)行為は、他にそれが一 般市民法秩序と直接の関係を有するものであ ることを肯認するに足りる特段の事情のない 限り、純然たる大学内部の問題として大学の 自主的、自律的な判断に委ねられるべきもの であって、裁判所の司法審査の対象にはなら ない。 ③専攻科修了の認定は、司法審査の対象と なるか

(注:この部分は、上記判決と同日に出された別 の最高裁判決の一部である。) 専攻科修了の認定をしないことは、実質的 にみて、一般市民としての学生の国公立大学 の利用を拒否することにほかならず、学生が 一般市民として有する公の施設を利用する権 利を侵害する。したがって、専攻科修了の認 定、不認定に関する争いは司法審査の対象と なる。

判例の POINT

①本判決は、大学による単位及び専攻科修了 の認定が司法審査の対象になるか否かについ て、初めて判断を下した最高裁判決である。 ②本判決は、大学を部分社会ととらえ、単位 及び専攻科終了の認定が司法審査の対象とな るか否かは、これらが一般市民法秩序と直接 の関係を有するか否かで判断している。

関連判例

共産党 袴田 はかま だ 事件(最判昭63.12.20)【過去 問】19-5 政党が党員に対してした処分は、一般市民法秩 序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどま る限り、裁判所の審判権は及ばないというべきで あり、他方、右処分が一般市民としての権利利益 を侵害する場合であっても、処分の当否は、当該 政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するな どの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規 範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に 則ってなされたか否かによって決すべきであり、 その審理も右の点に限られる。 本件は、日本共産党が除名処分をし た元幹部袴田氏に対し貸与していた家屋の明渡し を求めた事件であり、政党による除名処分の効力 が司法審査の対象となるかが問題となった。本判 決については、処分の実体的内容についての司法 審査を否定する趣旨ではないとする評価もある が、処分の手続面についてのみ司法審査を認める 趣旨であるとの評価が多数である

「板まんだら」事件(最判昭56.4.7)

事例

創価学会の元会員Aは、御本尊「板まんだら」を安置するための正本堂建立の資金として創価学会に寄付をしたが、その後、「板まんだら」は偽物であり、右寄付行為は錯誤により無効であるとして、寄付金の返還を求め た。

判例の 見解

本件訴訟は、裁判所法3条1項の「法律上 の争訟」に当たるか。

本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律 関係に関する紛争の形式をとっており、その 結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関 する判断は請求の当否を決するについての前 提問題であるにとどまるものとされてはいる が、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠 のものと認められ、また、記録にあらわれた 本件訴訟の経過に徴すると、本件訴訟の争点 及び当事者の主張立証も右の判断に関するも のがその核心となっていると認められること からすれば、結局本件訴訟は、その実質にお いて法令の適用による終局的な解決の不可能 なものであって、裁判所法3条にいう法律上 の争訟に当たらない。

判例の POINT

裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」と は、①具体的な権利義務ないし法律関係の存 否に関する紛争で、かつ、②それが法令の適 用により終局的に解決することができるもの をいう。本判決は、本件訴訟は①の要件は充 たすが、②の要件を実質的に充たさないとし た。②の要件を充たさないとしたのは、請求 (AのBに対する寄付金相当額の不当利得返 還請求)の前提問題として争われている宗教 問題(「板まんだら」が偽物であるか否か 等)こそが紛争の核心と判断したからである。

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